4年後からのメール
紅桜です。
この小説は私が書かせていただきました。
お楽しみいただければなによりです。
全体的に暗めです。
ざわざわと話し声の聞こえる教室。放課後なんだから、当たり前といえば、そうだけど。
「琴、帰ろ!」
教室の入り口で私を呼んだ葛緋と共にいつもの様に帰宅する。
夕飯の後のお風呂上がり。
ピロリン♪
ふとなったその音に携帯を開く。
from 白矢芽 琴
to 白矢芽 琴
逃げて
6月7日になる前にっ!
……誰の悪戯だろうか。
自分自身のアドレスから送られて来た意味の分からないメール。こういう悪戯ってどうなってるんだろう?首を傾げた後、もう一度ざっと見直す、と。
「どうして…?」
呟いた声は誰もいない空間に消えるだけ。何故、どうして、
送信日時が 4 年 後 なの…?
大した意味もなく、送信日時も受信日時もでる私の携帯。普段ならほぼずれることはないそれが、ぴったり4年間、ずれている。どういうことなんだろう…。こんな悪戯なんてできるものなんだろうか。でも、未来からのメール、なんて…。
「6月7日…。」
カレンダーを見るとその日は3日後、つまり明々後日だった。窓の外には少しだけ欠けた丸い月。きっとその日は満月だろう。何ということもなく、そう思った。
ピピピピピッ
目覚まし時計の音に目を覚ました朝。…6月7日までは、あと2日。不安は感じる。だけど、逃げろと言われたって、私にそんなあてはない。それに私には、誰かの悪戯という可能性を否定しきれないメールと漠然とした不安感だけでは怠る訳にはいかない日常生活がある。だから、目ざといことに会った途端に顔色が悪い、と言い切った葛緋を笑顔と冗談で欺いて私は、いつもと変わらない日々を演じた。
その日の夜。窓から見えた月は、昨日よりも少しだけ、光が満ちている気がした。
悪夢をみて飛び起きた先、そこもまた悪夢の中だった。明日まで、明日までだと焦燥感が募る。なのに、昨日のお風呂上がり、物思いに耽っている間に体を冷やし過ぎてしまったのだろうか、体がひどく怠くて動かせない。既に理性と分離してしまった心は、早く早くと急かすのに。休日だったのは幸いだったか、災いだったか、平日は毎日仕事に出ている母が高熱の出た私を一日中傍で看病してくれた。
陽が、落ちてしまう。今日が終わってしまう。…6月7日が来てしまう。
窓から見えた月は疑い様のない完璧な満月。しっかり寝なさい、と言い残して夜遅くまで看病してくれた母は自分の部屋へと向かった。1人になってしまえば、もう、心を制御することはできなかった。朝よりはましになったもののまだ上手く力の入らない体を無理やり動かす。逃げなければ。だけど、二階にある私の部屋と玄関とを繋ぐ階段は今の私にはひどく苦痛で。そしてまた、母に気づかれる訳にはいかなかったから、大きな音をたてないように細心の注意を払わなければならなかった。
動かない体と急かす心の板挟みで朦朧とする頭で階段を降りきった時には既にかなりの時間が過ぎてしまっていた。ふらふらと扉へ向かい、ドアノブへと手を伸ばした。ドアノブを握ったその状態で私は動くことができなくなってしまった。頭のなかに膨大ななにかが流れ込んでくる。頭が破裂しそうになって、思考が停止した。次々と浮かぶ映像。これは…記憶?涙が溢れてきて、止まらない、何故…?
ドアノブから手を離し崩れ落ちた時、私の口元には自嘲の笑みが浮かんだ。これが、逃げだした者の無様な結末か、と。…結局囚われる事に変わりはないのだと。
ギィと音をたて扉が開いた。ああ、せめて鍵を開ける前に0時になっていたならば。ぼんやりと浮かんだ考えを自分自身でなにも変わらないと否定しながら顔をあげるとそこには長身の男が1人、恭しく跪いていた。




