* 闇からの帰還(小話)
――というか、私なんでジェネの膝の上に乗っているんだろう? いや、正確には腿の上なんだけど、あれれ?
最初は私がジェネの上半身支えてて、あの……キ、ス、をしてたら、いつの間にかジェネの意識が戻っててギュッて抱き締めてくれたんだよね? で、コレ?
私はジェネの逞しい腕に包まれて、トクトクと規則正しい音を刻む胸に体を預けていた。ジェネは私の零した涙を太い指で何度も拭って、たまにその男の唇で吸われ……私の胸の奥がきゅうっとなって顔に血が上ると、「そんな可愛い顔するな。止まらなくなる」とからかうようにジェネは目を細めた。
もうそれだけで頭がいっぱいで、自分が今どんな姿勢をしているか全く意識しなかった。いや、できなかった。――そして、最初に戻るんだけど……。
「ね、ジェネ。あの、そろそろ戻ろうよ?」
「ん?」
「ほら、お母さん待ってるし……ここにずっといるのも、ね?」
「ショーコは……」
「なに?」
「……いや、何でもない。ただ、一度全てを忘れるほど溺れさせてみたいな、と思っただけだ」
深い海の底の色をした瞳で私を見つめ、伸ばされたジェネの無骨な指が私の旋毛の辺りで私の髪をもて遊ぶ。
その眼差しを向けられただけで簡単に私の鼓動は跳ね、指の動きに堪らなく感情が高ぶる。
――――好き、大好き。溺れさせて?
見返すその目に気持ちを乗せ、そしてジェネの背中に手を回し、キュッと抱きついてからパッと立ち上がる。
「でも、ほら行こ?」
「……ショーコは俺を試しているのか?」
「?」
「その切り替えの早さには感服する。……後でまた、な?」
少し意地悪な顔をして、ジェネも立ち上がる。
そして、私に「ほら」と言って、手を差し出した。
「えっ」
「手、よこせ」
手って!
恥じらい戸惑う私に、ジェネは強引に私の手を掴んだ。その勢いで引き寄せられ、耳元で囁きが聞こえた。
「俺の大事な精霊姫様? 暗闇の苦手な俺の為に、手を引いて連れて行ってください」
そういって私の目の前で、その繋いだ手に唇を落とした。
――――苦手?!
ジェネは闇夜でも問題ないように動いていた。私がそれを見ていたのを知っているはずだから、コレは明らかにからかわれている。
でもそんなジェネが可愛らしくなって、小さく笑った。
「畏まりました。ついて来て下さいね? ――――しっかりと離さないで」
私からきゅっと強めに握ると、ジェネからは優しく握り返された。
こんなにも大きく厚くゴツゴツとしたその手は、私の手をスッポリと覆い、肌と肌の密着でまるでその手が心臓になったかのように大きく脈打った。
「ショーコの手、温かいな」
「ジェネの手も、温かい。それに……」
「それに?」
「……」
この手も肌も好き、といいかけてやめた。だって、全部丸ごと全て好きだから。
「内緒」
そう言ってごまかし、先を歩き出す。ジェネは片眉を綺麗に上げてその内容を聞きたそうにしていたけど、「いつか聞かせろ」と言うに止めた。