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 どろりと纏わりつく闇はとても不思議だ。

 水に潜るイメージだったけれど、歩こうと思えばしっかりと足がつく。上下左右がなく、自分がどちらを向いているかも分からないので感覚が狂う。

 この中で唯一確かな物は手にした光る紐。

 二本と一本に分かれている……。どちらから先に?

 一瞬だけ迷い、先に二本の紐が向かってる方にした。おそらくこちらは母親と王太后様だ。

 先に飲まれている為にとても深い所まで沈んでいるみたい。手繰る紐から離さない様に伝いながら走って向かった。


 「お母さーん! お母さーんっ!」


 幾度か叫び、荒れる呼吸そのままに走っていたら、真っ暗な闇の中ポツリと光る二人の姿が見えた。

 しっかりと王太后様を守るように母親はその腕に抱えている。王太后様は意識は無かったけれど、母親は私を見るなり「待ってたわ」とニヤリと笑った。

 母親は、光る紐は見えないようだけど触ることは出来るみたいだ。コレを手繰れば元の場所へ戻れると説明をし、私が王太后様を背負って行くと話す。とにかく…… 早くジェネの元に行かなきゃと気ばかりがいていた。


 「翔子? どうしたの?」


 「え、う、うん…… ジェネが一人まだ沈んでいて、助けたいの」


 「翔子、ここはいいわ。精霊に指示して早く行きなさい!」


 「でもっ」


 「―――― そっか、翔子はあまり精霊の使役方法を知らないんだったわね? それじゃ今ここに下した精霊達を呼びなさい」


 毅然とした態度で私と目を合わせた。そうだ…… 精霊姫だった母親なら、使役の方法は色々知っているのよね。


 「地、水、火、風…… 闇ね? で、光はまだ、と」


 私の両耳をサッと一瞥した母親は、きっと光の宝珠が納まるだろう右耳をきゅっと摘み、「さ、早く」と急かす。

 うわ、理由分かってるよ絶対! と内心ドキリとしながらも、精霊達を呼び出した。

 

 (みんな来て!)


 呼びかけると即反応があった。私の目の前に一瞬にして現れる。


 「お母さん、みんな来たよ?」


 「―――― やあね、ホントに見えなくなっちゃったわ」


 精霊達がいる辺りを呆然と見る母親は、半ば泣きそうな顔で呟いた。しかしその表情は即座に消し、私に次々と指示を出す。


 「まず闇の子に私とタチアナを運ばせる。闇を掻き分けるのに火と風の子を先導させる。水の子には濁った闇の気配を清浄な水で洗い流させる、地の子には回復をさせる。おっけ?」


 「はいっ!」


 精霊使いとしては先生に当たるので、自然背筋が伸びた。

 そして、次々に焔達を呼び出して命を下す。


 「じゃ、頑張りなさい。元の場所に着いたら…… 色々話しましょう」


 そう言って依然意識の無い王太后を背負い、姿の見えない精霊達によって運ばれていった。

 私は急いで踵を返し、もう一本の光る紐へと飛びつく。



 どこ? どこにいるの? ジェネ!


 逸る気持ちを押さえ、心臓がはち切れそうになりながら光る一本の紐を手繰る。早く会いたい、早く会いたいと願う一心で、懸命に駆ける。


 ようやく紐の先の手ごたえが感じられ、ジェネの姿が見えた!


 「ジェネ!」


 力なく倒れるジェネに駆け寄り、膝を突いて肩を揺するが、反応が無い……。

 

 「い、嫌! 起きてよ!」


 慌てて脈を取るけど…… 僅かに反応はあるものの酷く弱く感じられて、それは、まるで――――。


 「……っ駄目! 許さないんだからっ! 帳、息吹、飛沫、焔、疾風! 早く戻ってきて!」


 半ば叫ぶように命を下し、私はジェネの上半身を抱き起こした。血の気が失せ、体の温かさが徐々に薄れている気がする……。


 「姫さん!」


 「焔!」


 「やべえな…… さっきの二人は精霊に慣れてるけど、この人間は…… 耐性が無いぜ」


 「ひめさま、ひかりのちからを!」


 「疾風?!」


 「もっとひかりのちからを つよめれば からだのなかから やみだせるよ?」


 「姫君…… 早くしないとこのままでは」


 「飛沫……」


 「光の精霊が強く現れたのは口付けの時でしたね。あの光の強さがあれば、今この人間が犯されている闇の力を追い出す事が出来るでしょう」


 「その通りです新しい我が主、精霊姫殿」


 「帳?」


 「光は繋がる喜びを求めています。―――― 口付け程度では完全とは言えませんが、我が闇の力を抜くには有効かと」


 ―――― ささっ、どうぞどうぞ ――――


 五人となった精霊達が一斉に私とジェネに向かって手を差し出した。


 「……」


 焦りと恐怖で満たされていた気持ちを一瞬忘れてしまったよ! なにこのコント。こういう場面でもお約束って出るわけ? 空気読まないんだ?

 いや、キス…… を、すればいいのは分かったけれど。ね……。

 呆けたお陰で、逆に肩の力が抜けた。うん、やってみよう。


 流石に見られるのは精霊といえども恥ずかしい。全員後ろを向いてもらい、ジェネの上半身を抱えた私は……。

 ジェネの顔を上に向け、すごく恥ずかしい。恥ずかしいけれど……。手を軽くジェネの頬に添えて、ゆっくりと顔を近づけ。


 ジェネの唇に、私のそれを一瞬躊躇った後に重ねた。


 触れる瞬間少しかさついた感触と柔らかさ、そして冷たさが伝わる。


 冷たすぎるよ…… 温めなきゃ。


 ぎこちなく合わせただけの唇は徐々に隙間なく重なり、少しでも温もりを分けようと…… 朝抜け出した窓の下でジェネにされたように、恐る恐る私は進入した。

 躊躇いながらも探り当て柔らかさに怯えていると、それ・・は急に意思を持ち主導権を握られた。


 「……んっ」


 キスは次第に激しさを増し、存分に私の中を侵略する。私は反応が返ってきた事が嬉しくて、やがて恍惚となり、全てを預けた。ぎこちないなりに応えもした。

 ―――― 貪る様に交わされる情熱。

 上半身を抱えていたはずの私はいつの間にか腰を引かれ抱き寄せられ、私はとろけるように身を委ねた。


 「ショーコ……」


 耳元を羽毛でくすぐられる様な、ぞくりと背中に響く声が私の耳朶を打つ。伏せていた瞼を開くと、私を緩やかに微笑み見つめるジェネの顔が見えた。そして視界の端には、光の子も微笑んでいた。


 「ジェネ…… じぇ、ね……」


 ―――― よかった。


 ずっとずっと我慢していた涙が、一気に流れ落ちた。

 



*****




 精霊達に運ばれ元の部屋に戻ると、爽やかで清浄な空気と明るい日差しが窓から零れ落ちていた。戻ってこれたという安堵感に、大きく息を吐き出し新鮮な空気を吸い込んだ。


 「お帰りー、翔子」


 「ただいま! お母さん」


 笑顔で私達を迎えてくれた母親は、視線を私の顔から下へと移動した。


 「…… その繋いだ手って?」


 「え? きゃっ!」


 私はジェネと手を繋いでいた事を思い出し、パッと離した。


 「ここここれはっ!」


 火照る顔でジタバタしてみたけれど、綺麗に弧を描いた唇で母親は艶やかに笑った。その顔を見れば『時すでに遅し』だ。身構えたものの、直ぐに来ると思った”口撃”は来なかった。

 不審に思っていたら、母親はジェネにこう言った。


 「会議、見てきて頂戴? ―――― 翔が暴走しないようにね」


 その言葉を聞いて、ジェネはサッと表情を厳しいものへと変えた。翔が暴走となれば…… きっとあの城壁のように消滅もありうるだろう。私は元の世界における翔の暴走は知っているけれど、異世界のこの地、更になんらかの魔力? を手にしている様なので危険すぎる。体調はここに来るまでの道すがら、二人とも息吹に整えてもらっていたので大丈夫なはずだ。私も行くと言ったけれど、母親とジェネに止められてしまった。だから――――。


 「ジェネ…… 翔をお願い!」


 「分かった。ショーコ、任せろ。それからジュノーは……」


 「俺の事は気にすんな。もうお前らに向く刃はねぇよ」


 しっしっとジュノーはジェネに向かって追い払う仕草をした。何かまだ言いたげだったけれど、ジェネは私の頭をくしゃりとひと撫でして「行ってくる」と一言残し駆け出した。その後姿を見てやはりカッコイイな…… とついウットリみてしまった。


 「…… 翔子?」


 「……っ!」


 地の底から聞こえるような声。後ろにいる母親はきっと笑顔だろう…… 恐ろしい、笑顔。


 「翔子の話も、おかーさん、色々聞きたいなー?」


 ジェネーッ、私も付いていきたいーっ!








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