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闇の精霊の子に集中していた為に反応が遅れてしまった! 急いで精霊達に命を下そうにも間に合わない……!
黒い塊を当てられた母親はそのまま闇に取り込まれて、王太后と共に徐々に沈んでいく。
「あっ…… あ……」
私はなんとか助け出そうと、もはや匍匐前進の体となりながら必死に近づく。
「おかあさんっ! おかあさんっ!」
しかし沈むスピードの方が速い。ありったけの力を足にこめて立ち上がり、ズルズルと足を引きずりながら歩みを進める。
このままでは母親も王太后も……!
母親は王太后に近づき、しっかりと抱え離れないようにしながら顔が沈むその前に、私を見た。
「……」
まだ、希望は捨てない。
必死に近づくけれどより一層重くなるその歩み。
ふと自分の足元を見たら、いつの間にか闇の波が押し寄せて徐々に沈みかけていた。
「きゃっ! う、動けな……!」
「ショーコ!」
何の前触れもなくグイッと腕を引かれて、私は後方へと投げ出された。衝撃で一瞬目がくらむ。今の声はジェネ? その声の主を探すと―――― 私と入れ替わりに闇へと沈んでいくジェネが見えた。
「え、あ……?! いやあああっ! ジェネ、ジェネーー!!」
必死に腕を伸ばし、ジェネの手を掴みかけて、指先だけが絡んで……。
―――― 外れた。
黒い闇の深淵へジェネの腕が、肩が、顎が、沈んでいく。焦点の合っていない深い海の底の色をした瞳が僅かに開き…… 閉じられ。―――― そして全てが飲まれた。
「あ…… あああああっ!!」
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!
絶望、焦燥、喪失、悲嘆、狼狽、怒り―――― 全ての感情が一度に押し寄せ混乱を起こした。このままでは駄目だ…… マルの母親をこのままにしておけない、お母さんも助けなきゃ! それからそれから……。
「ジェネ!!」
私を『最後まで守る』と言ったけれど! 私は身代わりなんて望んでない! そんなのは駄目だ! 私をもっともっともっと甘えさせてくれるんじゃないの?!
一度に来た感情の波が最後に残したのは―――― 怒り。
「ふざけるんじゃないわよっ! 何よみんな勝手すぎるわっ! 少しは周りの…… 『私の』気持ち考えなさい!!」
怒りの感情をそのまま声に乗せて、私は今や闇の子しか立っていない闇の深淵を睨みつけた。沸騰する頭で勢い付けて精霊達に命を下す。
「焔! 飛沫! 息吹! 疾風! 闇の子を縛りなさい!!」
『承!』
私はとにかく一瞬でもいいからと、みんなに伝えていた。力の違う闇を縛るのは焔達にとってかなり力を奪われる行為でもある。必死に私の指令に従おうと力を込めた。
かちり、と闇の気配が静まる。
闇の子は私に目を向けて見開いたまま止まった。
そして光の精霊の力を解放させる。
光には闇、闇には光。
光で照らすことにより、闇の力が薄らぐ。闇の子の体に張り巡らされた茨の蔓の様な物が、光により霧散した。
―――― 今だ!
私は『読み取る力』を必死に使う。
じっと目を凝らし、闇の子の『真名』を探った。王太后の名付けた名前―――― お願い、視えて!
玉のような汗をボタボタと流しながら必死に探る。
四人の精霊達は苦しそうな顔をして、段々姿が透けてきてしまって今にも消えそうだ。
―――― ル…… ボ……? 早く!
―――― ル…… ボウ…… 早く早く!!
―――― ディル…… ボウ!……『視えたっ!』
「分かったわ! 闇の子、あなたディルボウねっ!」
『視えた』瞬間、闇の子の『真名』を叫ぶ。真名とは、契約者と契約した精霊のみが知りうる名前。他に知られたらその精霊は契約者から奪える!
空間を圧迫していた闇の気配は、一気に弛緩した。私は一旦大きく深呼吸をして、両頬を叩く。
「今から新しい『真名』を授ける。私に下りなさい!」
名前を上書きする事により、王太后に再び使役されないように。
ぴったりと闇の子に視線を合わせ、私はありったけの力を込めて命じた。
「帳!」
「―――― とば、り……」
ぽう、と光の繭が現れた。強烈な閃光が視力を奪い、腕で庇って収まるのを待った。
そして、光が収束されて。闇の子―――― 帳を見ると、額の中央に黒い宝珠が埋め込まれていた。急いで自分の両耳を触ると、右耳には二個、左耳には三個の宝珠が付いている。
「や、やった……」
へたりと抜けそうになる力を慌てて押しとどめ、早速闇の子に命を下した。
「帳、今すぐ沈んだ三人を引き上げて!」
「…… 駄目だよ。僕だけでは……」
「姫さん、もう無理だ。相当深い所まで行ってる」
「そんなっ!」
闇の精霊の領域でもあるのに、闇そのものが敵わぬ場所…… どうすればいいの?! その言葉は絶望となり、目の前が真っ暗になる。
その時、無口な息吹がボソッと口を開いた。
「繋がる、気持ち。それは、光……」
「そうか! 姫さん光だよ! 光のヤツならきっと行けるぜ!」
「…… そうですね。光のは繋がりを求めていますが、誰かを求め繋がる感情は今一度の助力を願えるかもしれません。その為には姫君本人が赴かなくてはならないかもしれませんが……」
「行く!」
即答で決めた。
何でも手があるならやる! 手をこまねいていたって何一つ前には進まないんだから!
「どうすればいいの?」
自分の気配が少し薄れた体を両腕で抱えている飛沫に尋ねたら、数秒考えた後に答えた。
「感情…… を繋げるといいかと思います。どんな『想い』でもいいです、とにかく沈んだ人達へ姫君が感情を脳裏に想ってください。―――― 繋がったら…… とても危険なことですが、姫君自身がこの闇に沈み、見つけ、自ら触れて引き上げないといけないでしょう。…… それでも?」
「うん、やる!」
心配そうに精霊達は私を見るけど、私に出来る事があるのならばやるだけだ!
精霊達には、滞っている闇が暴走しないように抑えていてもらい、必死に『繋がり』を求めてそれぞれに対する感情を脳裏に吐き出す。
王太后様――――。
マルちゃんの、産みの親。確かにとても酷いことをしてきた。マルちゃんの苦しみを思うと許せない程腹が立つ。義務を果たさず権利を振りかざし、人を恨み人を妬み、人のせいにする―――― だからといって今ある生を見殺しになんて出来ない。
今まで駄目だった物を、今から、ここからスタートしてみてもいいと思う。マイナスよりもゼロ、ゼロよりもイチ。
今まで知らなかったであろう暖かい感情を知る経験をしていけばいい。
これは…… 同情? 憐憫の情?
お母さん――――。
小さい頃から一日中働いていた。今ならお母さんの大変さ、わかる。理由は分からないけれど異世界に渡り、一人で私たち双子を育てるのは並大抵の苦労ではなかっただろう。私と翔は、いつもいない母親に怒ったり寂しがったりして困らせたけれど、必死だったんだよね。
私達は大人になった。これから、母親に対して色々してあげたいんだ。
これは…… 肉親の情? 家族愛?
そして…… ジェネシズ。
言いたい事、伝えたい事、沢山あるの! 直接目を見て話したい。大きな手で私の頭を、頬を、撫でて欲しいの。
これは…… 愛情。
大好きなの、大好きなのジェネシズ! あなたと繋がりたいの、心と、指と腕と足と唇と…… 体ごと全て!
「お願い! 私と皆を繋げて!」
胸に手をあて祈るように目を伏せた。
すると……。
(姫! 今のお気持ちにより案内の紐を通す事が出来ます。コレを手繰ってあの中に沈んだ者達を見つけて下さい)
光の子が再び出現して、サッと目前の深淵に腕を振ると三本の光り輝く紐がすいっと飲まれていった。この先に、みんながいるんだ。
「光の子、ありがとう!」
ニッコリと笑い、焔達が心配の声をあげたけど、迷わずそのまま闇の深淵へと飛び込んだ。