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「あーよかった、ジェネ携帯持っててくれて。僕さ、いま団長といるから。んで、ねーちゃんに指輪を手に持っててって言っといてー。じゃ!」
プッ…… ツー、ツー、ツー……。
―――― ナニ?……。
唖然とする私に、ジェネはほんの少し天を仰いだかと思うと「…… と、いうことだ」と言うにとどめた。
な、なにぃぃぃ!!
「何なのー!」
私は闇の重さも息苦しさもそれどころじゃない。なんだ? なんなんだ翔は!
一気に沸点まで上がった気持ちの矛先は何故かジェネに向いた。
「ちょっとジェネ、アイツなんなのっ?!」
「え、いや、俺に言われても…… ショーコの弟だろう?」
剣を構えたまま僅かながらに狼狽する様子を見たジュノーは、堪えきれず噴き出した。
「おま…… お前でもそんな顔するんだな! ぶははははっ!」
それこそ、お腹を抱えて転がる勢いでヒーヒー笑い出した。
―――― なにこのカオス。
電話一本でここまで混沌に陥れるとはさすが翔…… いやいや、感心している場合じゃない!
翔が必要だと言い切るときは相当重要事項だ。私は急いで首にかけていたチェーンの先にある指輪を引っ張り出した。
掌に置くといつの間にか鈍く光る白銀のその指輪は、ぼうっと輝きを増して部屋中を照らす。指輪を中心にして時計回りに空気がうずたかく巻き、天井までの間に赤黒い柱のようなものがみるみる出来上がった。
空気が、振動する。
ビリビリと肌に響き、これから何が起こるのか分からない緊張感に震えた。
そして、その柱からガラスが割れるような音と共に、目を射す程に明るい閃光がきらめく。
一拍置いて。
―――― どすん、と何かが落ちる音が聞こえた。
明るさから目を閉じていたけれど、そっと開くと目の前には『人』がいる……?
床にペタリと座り、髪は肩までのサラサラなショートボブ。こちらに背を向けているけど女性のようだ。左手には弁当、右手には箸を持ち…… パンツスーツを着ている。……って!
「お…… お母さんっ?!」
「ん? ああ、翔子じゃない。久し振りー?」
私が驚いて腰を抜かしそうだというのに、母親は暢気に弁当の続きを食べ始めた。
「ちょっと待ってよ。あと三口で終わるんだからっ」
「……」
あぁ、そうだった……。母親と翔はこういう性格だ。マイペースなんだよね……。
盛大に大きい溜息を吐くと、呆然とこちらを見る二人に説明をした。
「あの…… すいません、こちら私の母です」
「どうも、母です。んぐっ! ちょっと、翔子、お茶ない? お茶!」
「ないわよっ!」
あと三口と言った割には一口で食べ、ガサガサッとコンビニの袋に容器を放り込んだ。そしてカバンから鏡を取り出し「海苔よーし、ご飯よーし」と確認して、立ち上がって両手を開き振り向いた。
「翔子! 会いたかったわー!」
「最初に言いなさいよっ! 今から感動の対面なんてタイミングずれすぎ!」
ギュウッと抱き締められても、未だ混乱する脳内では再会の喜びどころではない。とにかく、ちょっと待て、だ。
「おおおお母さんっ! ねえどういうこと? どうしてお母さんが? どうして指輪から? どうして――――」
「そんな一度に言わないでよ。…… あ、さては翔め……。翔子、聞いてないって事ね?」
「だから何を?!」
「まあいいわ」
「よくないっ!」
母親はヒョイと私の後ろに立つ二人に目をやる。暫くじっと見つめ、目を眇め、…… たっぷり間があいてからそれぞれ指差した。
「んーんん、ジェネシズ君とー、ジュノヴァーンね?」
呼ばれた二人は訝しげにその真意を探ろうとしている。突然出てきた私の母親を名乗る人物が、何故か自分達の名前を知っている事に疑問を持つ。
先程まで二人の間にあったピリピリとした殺気はとうに無く、抜き身の剣は翔の電話のあと鞘に収めていた。とにかく、この母親の正体は? と見るその目はひどく胡乱げだ。
「やだ、ジュノー忘れちゃった? うーん、久し振りだからしょうがないか」
あははと笑うお母さんは親しみがこもった声でジュノーに声をかけた。ええっ、知り合い?
ジュノーはそう問われて、注意深く三歩近づきよく顔を見た。
「―――― まさか? お前っ…… リィンか?」
「そ」
「は?」「え?」
ジュノーの問いに簡潔に答えたのはお母さん。そしてジェネと私の声が重なった。
「お前何だそれ! そんな見た目犯罪じゃねーか! 結構いい年してるくせになっ!」
「あらいやだ! 女性に年齢の事言うんじゃないわよ馬鹿者っ! 大体ね、日ごろの努力がモノを言うのよっ!」
「……!」「……!!」
言葉の応酬が続く中、並んで立った私とジェネは唖然としていた。
「ショーコ…… 聞いてもいいか?」
「…… 聞かれても私分からないわよ?」
「今、ジュノーはショーコの母親の事を『リィン』と言ったな?」
「言ったわね……」
いや、お母さんは『海野 鈴子』だったと思うけど……。
「つまり、翔の母親でもあるんだな?」
「そういうことになるわね」
「では……。あくまでも予測に過ぎないが……。前の『精霊姫』と同じ名前…… つまり、同一人物ではないのか?」
「っ!! おかーーーーさんっっ! どういうことっ?」
ぐりんっと勢い良く首を回し母親を見ると、何故かジュノーの髭を引っ張っていた。ちょ…… 何その傍若無人さ。
「てめっ、離せ!」
「うるさいわね。あんな小僧がオヒゲ生やしてたらそりゃ引っ張らないと申し訳ないからだわっ」
「意味わかんねーよっ!」
「まあとにかくさ」
無理矢理話を畳んだ母親は、ある方向に真っ直ぐ顔を向けた。
「急がなきゃいけないようよ」
すっと空気が変わった。
真剣な顔で見据えるその顔は幾許かの焦りと厳しさを含んでいる。
「翔子、いらっしゃい。一緒に行くわよ。そこの二人はここで待機ね」
「お母さん?!」
「…… 疑問なら後で答えるわ。ああ、でも簡単に言っておく。確かに私はリィン…… 精霊姫、と呼ばれていたわ。なんやかんやで日本に行くことになったけど、翔子と翔の産地はここよ」
「産地って!」
「さ、急ぎなさい」
闇の圧力以上に、母親から受ける脱力の方が今は大きく感じた。