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なんて殺し文句なの?!
(―――― 一度守ルト決メタ誓イグライ ――――)
何故だか急に泣きたくなった。真摯な声でその言葉をその唇から紡がれ、真摯な瞳でその誓いを力強さでもって伝えられる。
(―――― 最後マデ守ラセロ ――――)
じわり、じわり、と私の心に沁み込んでいく。
咄嗟にジェネの手を取り、私も手の甲に口付けた。
「私も。私もジェネを守ります。ジェネの手の足りない所を支えさせて下さい」
私だって、守りたいものが出来たのよ? 目の前の、あっという間に私の心に居場所を作ったジェネシズ・バルドゥ・レーン。ひょっとしたら足りない所なんか無いかもしれない。充分足りているのかもしれない。
けれど、体調を守る事や食事の用意なども、『守る』事には違いないと思う。それに私はこの世界に来て『力』をつけたし、ジェネが持っていない『力』でもって、支えさせて欲しい……。
そう気持ちを伝えると、ジェネは暫く固まっていたけどほんの少し視線を横にずらした。
「―――― 参るな……」
「え?」
「折角抑えてたのに、ここで俺を煽るな」
大きく息をつき、軽く前髪を掻き揚げたジェネは、私の両肩に手を置いた。
「…… ショーコ、行く前に俺の気持ち全てを預ける」
真剣な目に私は体の全ての自由が奪われたように囚われる。心臓の鼓動は高鳴る一方で、体中の熱が頭に集まった様にぼうっとなった。
「俺は、ショーコの全てが欲しいんだ。気持ちは勿論だが、その笑顔や泣き顔の表情、俺に話しかける可愛い声…… 全て俺のものにしたい」
肩に置いた手でそのまま引き寄せられ、強く抱き締められた。そして、耳元で低音を響かせながら囁く。
「―――― 勿論、身体も」
「……っ!」
「それほどの欲が俺の中で溢れかえっていて、抑えるのが辛い。闇を手に入れたら…… 一刻も早くショーコを――――」
(―――― たべてしまいたい)
より一層声を落として囁かれた言葉は、声の大きさ以上に私の心に響いた。
う、うわっ……!
心の中は恐慌を起こして思考回路は破綻した。私が混乱しているのを見て取ったジェネはそっと体を離し、それまで貼り付けていた無表情をふわりと緩めた。
「嫌か?」
「いっ……、あ……」
余りにも直接的な言葉に、本当は願ったり叶ったりな行為だけど、恥ずかしさが先に来て思うように声にならなかった。そんな私を充分見越しているジェネは、言葉で私の心に刻んでいく。
「勿論、ショーコの世界から再び戻せるという約束を取り付けてからだ。俺は何が何でもショーコを手に入れたい。今まで生きてきた中でこれほどまでに願うのは初めてなんだ。カケルやイル・メル・ジーンを締め上げてでも俺の腕の中に戻すからな?」
覚悟しておけ、とその目が言う。知らず私の喉がごっくんと鳴った。ジェネって、肉食獣の様な体つきだと思ってたけど、中身も肉食男子だったか!
私を欲しいといってくれるのは、存外心地のいいものだと驚く。リゾートホテルで働いていた時の同僚であるサヤカは、「彼ったら私をモノ扱いする!」と怒っていたけれど、丸ごと私を受け入れてくれるというジェネは、私の全てを認めてくれているから。従属、ではなくて。
元の世界で私は、出所の不確かな存在で足元がぐらぐらしていたけれど、ジェネが傍に立つならば私は『私』になり、真っ直ぐに立てるだろう。
ジェネは大きな掌で私の頭をポンと叩き、反対の手は剣の柄を握った。
その行為をされただけで、嘘みたいに私の不安な気持ちは飛んでいき、意思が固まった。二人で行くから。ジェネと一緒だから乗り越えられる。
安心して、お互いの背中を預けられる。
もう一度頬を叩いて気合を入れなおし、ぐっと足に力を込めた。息苦しさは相変わらずだし、ねっとりと絡みつく気配も重い。けれど、しっかりと前を見据えて気持ちを高める。
「ジェネ、行こ!」
定まった気持ちに気付いたのか、ジェネは一つ頷くとその先の王太后部屋がある周辺の様子を窺った。
「王太后の部屋の前に三人。中には…… わからないな、強い気配がして。これが闇の精霊の障壁というものか?」
「私にはもう暗闇にしか見えない。でもとにかく闇が最も濃い場所に王太后様と闇の子がいるわ。私はそれに集中するから。ジェネ、お願い」
「任せておけ。まずは入り口を片付けてくる。―――― 待ってろ」
言うが早くジェネは低く身をかがめたかと思うと、足音すら立てずに一気に距離を詰め、剣すら抜かずに一撃で倒したようだ。ようだ…… というのは、私にはやはり暗くて視界が悪く、見えないから。私は重くなる足を引きずりながら扉に近づいた。
倒れた三人は意識を失っている…… よかった。
私は物語の中でしか命のやり取りを知らないから、見たら恐怖で足が竦む。―――― というか…… ジェネ、ひょっとして私がいるから? 私に見せない為、なのかな。
いかにせよ、こうも視界が悪いと不都合だ。焔に頼んで少し火の光球を作り出してもらい、照らす。闇相手だからか、夕闇ほどの明るさにしかならない。でも見えないより上出来だ。
重厚な扉の前に、二人で立つ。
この向こうにひょっとしたら誰か待ち構えて、入るなりグサッてことはないのかな……? ジェネも警戒しているのか、即突入、という力技はかけない。
すると――――。
「ジェネシズ、いるんだろ? 来いよ」
ジュノーの声だ。
扉の内側からかけられた声に、何故かジェネは何のためらいも見せず把手に手を掛けた。
「えっ? いいの?」
ビックリしてジェネに聞いたら、「大丈夫だ」とそのまま扉を開けてしまった。知り合いかも? とは思っていたけど、あのような殺気を込めた切り合いもするし、一体どんな関係なのかな。どうも底の方では信頼関係が結ばれているような気がする。
「―――― 入る」
ジェネが扉を開けた途端一層濃い闇の気配がし、それが一度にぶつかって来た衝撃に私は片膝をついた。
「っ、く……」
「ショーコ」
焔の光球は見えていて、辛うじて視界はそれなりに保たれているけど、『闇が重い』。
疾風に結界を頼んだけれど、もはや意味を成さないものになっていた。早くなんとかしないと、私、持たないかも……。
「ジュノー、王太后は?」
私の腕を掴んで支えてくれたジェネは、ぶらりとただ部屋の中央に立つ男に声を掛ける。…… この人がジュノー……。思ったよりも小柄で、浅黒い肌色、髭を蓄えて口の端をニヤリと歪めていた。何より、愉快そうに光るその瞳が印象的だ。そのくせこちらが少しでも動けば途端に牙を剥くだろう危うさも見て取れる。
「さあな。まだ寝てんじゃねーか? 俺はここでお前が来るのを待っていただけだ」
「そうか」
言うなり、剣を抜く。ええ? その会話だけでもう終わってしまうの? 何か分かりあう話って、あった? ―――― ちっともわからないわ。
私は乱れる呼吸をなんとか落ち着かせ、膝に力を入れ立ち上がる。私は私のやるべきことの為にここに来たんだ!
二人対峙して動かないその脇を、一、二歩足を進めた所だった。不意に思い切り場違いな電子音が響いた。
―――― ピリリリリ、ピリリリリ……
「……」「……」「……」
示し合わせたわけではないのに、三人でなんとも言いがたい『微妙』な空気が流れた。ジュノーはこの音を知らない為に、より一層面妖な面持ちをしている。
何度目かの呼び出し音に、ようやく動いたのはジェネだった。
腰のベルトに括りつけられた小袋の中から…… 携帯電話を取り出したのだ。
「―――― 誰、だ?」
私はここにいるし、電話機の使い方を知るものはイル・メル・ジーン位しか知らないはずだ。訝しい声で尋ねるジェネに、受話口から声が漏れた。
「ちょ、出るの遅いって!」
「―――― 翔っ?!」
*お知らせ*
2月14日に、「猫かぶり姫と天上の音楽」の「ギャラリー」にて
コラボ作品が再び掲載されます♪
えー…… 翔が再びアチラに乱入ですw
相当引っ掻き回して大変な事になってます(汗)お楽しみにーっ。