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side ジェネシズ

 「『ヴォルフ』…… それがお前の本名なんだな」


 「もぅ…… こんな名前嫌なのよ! いかにも野郎でさっ! どうしてウンノちゃん知ってるのかしら。ジェネ、ホントに知らないわよね?」


 「ああ、知らないとも。俺が知ってるのはお前が三十七の女装癖がある男で、腰が悪いから直ぐに座ると言うことだけだ」


 「アンタも大概口悪いわよっ! ウンノちゃんの前ではキレイに隠しちゃってさ! 何…… まだ(・・)なの? ジェネにしては慎重ね」


 「ほっとけ。で? 報告はいつ」


 「団長の所に行って、各関係者集めて…… それからよね。きっと深夜だわ。まずはアナタの腕の治療。それからウンノちゃんのご飯食べてから行きましょう」


 ディエマルティウス…… 弟に向かい結界の呪語を唱なえるイル・メル・ジーンを横目に、居間に続く扉を開くとそこにはクランベルグ団長と一番隊の副長、隊員、そしてハルが来ていた。

 一番隊は直接団長が指揮する隊で、団長は隊長も兼ねている。


 「ジェネシズ、これは一体……」


 「六名の侵入者、内五名はアンザスの手の物です。そこに転がる二名は気絶しているだけです。情報を出来るだけ引き出して下さい。侍女の部屋にも二人いたようですが逃げられました。後二人については後ほど。それから―――― 例の案件の詰めに入ります。ラムダの頃すりあわせを」


 ラムダとは二十四ある天に浮かぶ光の球体の一つの名前。最も夜が深くなる時間を指し示す。天に球体を見ることが出来なくなって久しいが、不便さから、とある研究者が時を刻む仕掛けを作りおおよその時刻が分かるようになったのは大きな進歩といえる。

 小声で団長に伝えると、小さく顎を引き了承を得た。

 そして、ジュノーが投げた短刀を調べる。ウンノに向かって放ったときは血が凍るかと思ったが、弾かれた様子を見ると精霊が防いだらしい。しかしその残された刃をよく見ると僅かに黒く付着した液体が見えた。―――― 毒か。それも致死率の高い種類の。しかし俺と剣を交わした刀身にはその様な付着物は見て取れなかった。つまりジュノーは……。


 「わか…… 隊長、どうしましたかその腕は!」


 いつもの様に若と口に出すハルをひと睨みすると慌てて言い直し、俺の左腕を手に取り検分する。


 「またこの腕ですか…… 大事にしてください。隊長はご自分の体を粗末になさるから困ります」


 「…… ジュノーだ」


 ハルだけに聞こえるよう呟いた俺に、ハルは弾かれたように顔を上げた。


 「師匠…… ですか。それは厄介ですね」


 ジュノヴァーンは俺とハルに剣を教えてくれた。騎士にはありえない戦い方、『使えるべきものは何でも使え』手でも足でも木の枝でも。一撃で相手を仕留める。一合でも合わせる相手ならば死を覚悟しろ。その様な教えを元に様々な戦場を巡った。初めて出会ったのはいつの頃だったか……。


 「あいつにも仕事があるように、俺にもある。ハルはこの部屋について警戒しろ。団長に支持を仰げ」


 「はっ」



*****



 腕の治療を終えた俺は、ウンノの部屋に着き扉に手をかける。

 すると、中にはすでにイル・メル・ジーンがいるらしく笑い声が聞こえてきた。


 先程の事があった為、ぎこちなくなりはしないかと心配したが無用だった様だ。『災厄』だったらおそらく三日は寝台から起き上がれないだろう。イル・メル・ジーンはウンノを自覚させる為にあえて責めた。その意図を察して、俺は拘束の魔術を解くことも出来たが黙っていることにしたのだ。

 ウンノは現実的でその上自己評価が低い。周囲に評価されてこそ自分の価値を見出している姿に、過去の自分を重ねてしまう。

 考えに沈みこむ俺の目の前で、扉が開いた。


 「ジェネ! 待ってましたよ? ほら、冷めちゃうから早く」


 暖かな光がこぼれ、柔らかい空気を纏い、俺を見上げるウンノ。


 ―――― 俺が望んだ全てが、今ここにある。


 今すぐ抱き締めたい衝動が湧き上がるが、その先に見えるイル・メル・ジーンの好奇な視線を感じて慌てて踏みとどまる。―――― 危なかった。


 「ささ、座って! 今お皿並べますね」


 テキパキと動く姿は無駄がない。もう何度か調理する様子を見ているが、いつも感心してしまう。出来立てを食べて欲しいと今まで待っていてくれたらしい。オーブンから何かを取り出したり、大きな鍋からスープをよそう。この小さな部屋ではすべてが見て取れ、後姿をじっと見ていたらイル・メル・ジーンに小突かれた。


 「何見とれてるの? あんまり間抜けな顔してたら幻滅されるわよ?」


 「煩い『ヴォルフ』」


 「いやーー! それ禁句! だからジェネには知られたくなかったのに!」


 卓の下では蹴り合いだ。


 「カケルよりマシだろう? あいつは多分面白がって相当愉快な行動を取るに違いない」


 「…… 確かにいえるわ。なにあの自由人。ウンノちゃん良く『姉』でいられたわね」


 「へっ?! あ、ああ翔ですか? そうですね……」


 料理を食卓に並べるウンノは、一旦手を止めどこか遠い目をしながら答えた。


 「…… 聞きたいですか? その色々を」


 「いや、いい。大体俺の想像以上のことがあるのだろう? 心臓が持たない」


 「私も遠慮させて欲しいわ。デタラメなカケルってだけで充分よ」


 「そうですか。ええ、その方がいいと思います。じゃ、食べましょう」


 そういって、ウンノも席に着く。

 目の前には色とりどりの見た目鮮やかな料理が並んでいた。

 魚のハーブソース焼き、豆とジャガイモのサラダ、鶏肉入りのスープ。そして拳ほどの大きさがいくつも連なったパン。ちぎりパン? といったか。


 バジル、ディル、パセリ、ニンニクで味をつけた白身魚はとても豊かな味わいがする。鼻に抜ける香りが堪らなく美味い。豆とジャガイモのサラダに、なんと隠し味に魚醤を使っていると言っていた。あの液体がこんなに奥深い味を引き出すとは。

 そしてスープ。ウンノはラスメリナの城下町で「何このオバケセロリ!」と驚いていたが、根セロリというらしく、店子に調理法を聞いていた。それがあの庭に『生えてた!』と言って、早速調理したようだ。鶏肉を骨ごと入れ、根セロリ、玉ねぎ、人参、ローリエやクローブ、粒コショウを入れて煮込まれている。俺やイル・メル・ジーンが料理について聞くたびに、嬉しそうな顔をして返すから眩しくてたまらない。

 

 「このスープは、後でマルちゃんに持って行って貰えませんか?」


 「マルちゃん? 誰よそれ」


 「えっと…… 王様?」


 「そんなに仲が良くなったのか、愛称呼ぶほどに」


 「えっ?! 愛称だったんですか? 私どうしても名前覚えられなくて……」


 弟に軽い嫉妬を覚えつつ、その愛称について話した。


 「ディエマルティウス…… 元々はディエティウスとなるはずだったんだ。王太后の父親、つまり宰相ベナム・グランドーが付けたんだがそこに王である…… 父親があいだにマルを入れた。

 王太后と宰相は、名づけたものの一度も抱き上げることがなく単に識別する為だけの名付けで愛情のカケラもなかった。唯一愛情を直接与えたのが父親で、『マル』と呼んでいたのも父親だけだ」


 「父親って…… ジェネのお父さんでもあるんですよね」


 まるで自分のことの様に傷ついた顔をして尋ねるウンノ。そんな顔するな、可愛いから。


 「そうだ。少なくとも俺は九歳までは王位継承第一位を認められていたからな。それなりの待遇を受けていた。名付けは父親が。母親にも乳母にも乳兄弟にも愛されていたと自覚はあるから、尚の事弟が不憫で仕方がない。―――― 俺は、この国の責務を弟に負わせてしまった後悔もある。だからせめて傍で守ろうと戻ってきたに過ぎないんだ」


 「ジェネ……」


 懺悔を込めた言葉に、ウンノはじっと俺を見つめた。


 「…… あーハイハイ、ご馳走様、ゴチソウサマ! この無自覚アツアツ視線何よ! もうサッサと邪魔者は消えろってことねっ。―――― じゃあウンノちゃん、いい? 精霊の使役の仕方、教えた通りちゃんと覚えなさいね」


 「は、はいっ! あの…… お姉さま有難うございました」


 立ち上がり扉に向かったイル・メル・ジーンは、慌ててそこまで見送ろうとしたウンノを振り返って、俺を挑発するように嫣然とした笑みを零しながらウンノの頬に唇を寄せた。


 「美味しかったわ。また是非食べさせてね?」


 「きゃっ! えと、はい、分かりました!」


 目を白黒させながらウンノが応じると、「またね」と扉の外へ出て行った。

 



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