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 「風の子、地の子! 私とジェネを守って!」


 侍女部屋から二人を呼び戻し、物音一つしない寝室の扉をゆっくりと開けるとそこには……


 「ダメよ、近づかないでね」


 イル・メル・ジーンがこちらを背にして、誰かと向き合っている。


 「―――― 王は?」


 「そこよ。丁度良く寝てたから、そのまま固めといたわ」


 ジェネが問うと、こちらを振り向きもせず答えた。王はそのままってことは、ベッドで寝ていたところ更に魔法で寝かせたってことなのかな。

 

 「見せられないってのよね。ただでさえ不遇の王様なのに、アンタが出てくるんじゃこの子立ち直れないわ。ねぇ? 王太后様」


 「お、王太后様?!」

  

 驚いて思わず声をあげてしまった。

 だって…… 王太后って事はマルちゃんの実の母親だよね? それなのにどうして……


 「? ―――― ああ、下賎な血を引く犬と使用人ね? 消えてくれないかしら?」


 凛と澄んだ美しい声がする。声だけ聞けばとても若々しいけれど―――― 冷たい声。これが、王太后様……? そういえば、マルちゃんとの会話の中で一度も実の母親である王太后の話は出てこなかった。今目の前にいるその人も、我が子を心配するとかいう印象は一切なく凍て付くような空気が滲むだけだ。これでも、親子なの?


 「魔術師風情が邪魔をしないでくれない? 精霊の力扱えないのに無駄な事よ?」


 「だからと言って指咥えて見てろっての? んなこと出来るわけないじゃない。ねえ王太后様ご存知よね? 玉座の安定は精霊力の安定。…… これ以上この国を荒らしたいの?」


 「ふふっ? いいじゃない荒れれば。別に私は興味ないし。…… ああ、そこの使用人がラスメリナから来た間者? 本当に黒目黒髪してるのね。竜帝そっくり」


 「! よくご存知ね?」


 「ええ勿論。 あら、あの者達はもう引き上げたのね? では私も。誰がこの障壁を解いたのか知りたかったけど時間切れだわ」

 

 そう言って呪文を唱えながら自身を中心にして闇の力を場に広げる。

 全ての夜を濃縮したような闇色にくらりとしながらも、私はぎゅっと下肢に力を込めて踏ん張った。


 陽はとっくに落ちて私からは輪郭すら見えなくなっている。しかしジェネもイル・メル・ジーンも、そして王太后も良く見えている様だ。

 僅かな衣擦れの音から大体の位置を想像し、目を向けたけどやっぱり王太后の姿形は分からない。


 だけど―――― えた!


 あれは、闇の精霊!


 その闇の精霊だけが辺りからぽっかり浮かび上がるかのように私には視えた。

 光の精霊と同じく三歳位の容姿をしている。しかし…… 体中には張り巡らされた茨の蔓の様な物が

ぐるぐる巻にされていて、身動きが取れなそうだ。

 何て事を……!


 「ねえ王太后様! どうしてそんな闇の精霊使役してまでこんな真似をっ…… 自分のお腹を痛めて産んだ大事な子供じゃないの?!」


 今まさに闇の力で転移しようとしていた王太后は、私の問いに胡乱げな声で答えた。


 「痛めて…… さあ? もう覚えてないわ。だって興味ないもの。…… お父様に無理矢理駒にされて結婚したのよ? 地位は好きだけど面倒なこと多くて嫌になるわ」


 何を言ってるのこの人……!


 「これ(・・)も義務で産んだだけよ。そこの犬の恥知らずな女に寝取られたのが許せなかっただけ。別にどうでもいいもの。さ、無駄話はおしまい」


 「待って! 焔、飛沫、疾風、息吹! 闇を捕まえて!」

 

 私の制止の声をあげ四人の精霊達に命を下したけど間に合わず、王太后は闇に溶けて消えた。



 ―――― しん、と静まり返る室内。


 そんな中、どろっとした気持ちを頭の中で整理する。

 王太后は闇の精霊使い……。あの闇の精霊は無理矢理使役されていたみたいだ。それこそ『力ずく』で。その力を使って、マルちゃんを生かさず殺さず……。

 酷すぎる。酷すぎるよそんなの。


 ふつふつ怒りが湧く気持ちの中じっとしてると、ジェネがそっと肩を抱いてくれた。


 「ウンノ……」


 しかし、掛ける言葉が見つからないのかそれきり黙ってしまった。

 ジェネもまさか王太后がそんな暴挙に出るとは思っていなかったようだ。ぎゅっと力を込める掌が悔しさとなって伝わる。


 ポウッと辺りに数個の光球がうまれた。イル・メル・ジーンが魔術で出したようだ。その光をぼんやり見やると、イル・メル・ジーンは私を見て恐ろしい威力を込めてこう言った。


 「ねえウンノちゃん? …… 説明してくれるわよね?」


 ―――― ひっ!


 艶然とした笑みを浮かべてゆっくりと近づくイル・メル・ジーン。

 私は蛇に睨まれた蛙状態で固まった。


 「イル・メル・ジーン、これには訳がっ……!!」


 「ジェネは黙っててもらえる?」


 ジェネが私を庇おうと前に出たけどそこで不自然に固まる。魔術? それを一瞥してイル・メル・ジーンは私の前に立った。


 「…… 初めまして(・・・・・)? 精霊姫様」


 イル・メル・ジーンの瞳は私のそれをひたと見据える。確信を持って告げられるその言葉に、もはや言い逃れの出来ない力を感じた。


 「―――― い、今のところは?」


 「何で疑問系なのよ。大体さ、おかしいと思ったのよね? ウンノちゃん来てから天候がみるみる回復するし、障壁キレイに消えるし」


 「……」


 「何故、名乗り出なかったの? 国がこんなに荒れていてその原因も知ってるでしょうに、どうして?」

 

 自信がないから……。


 光も闇も従えてないから……。


 元の世界に帰るのに『精霊姫』を名乗るのは、この国に対して不誠実な気がしたから……。


 いくつか考えを巡らせじっと黙り込んで目を伏せる私に、イル・メル・ジーンは人差し指で私の顎を捉えて顔を上に向かせた。


 「『いつも自分を押し殺すお姉ちゃん』? 少しは我を出しなさいよ。人の都合周りの事情考えてんじゃないわよ。あなた(・・・)は、どうしたいの?」

 

 「私は……」


 それ以上に思う気持ちがある。それはとても利己的過ぎて口に出すのが恥ずかしい。だって…… 一番の理由は『ジェネの役に立ちたい』、だから……。


 「人の役に立つのが好き? そんなの偽善ね。結局、アナタは自分の為にやってるだけなんだわ。存在価値を認めてもらうために手を出してるだけ。自己満足もいい所よ」


 違う、と言いたかったけどやけにストンと腑に落ちる。私は私の存在を、はっきりと認めてもらいたかったのだ。

 小さい頃『お姉ちゃんだから』と言われ続け、そして自身もそうであろうと家でも外でも背筋を伸ばして『しっかりしている自分』を作り上げてきた。頼れる、しっかりした、海野翔子という人間を。

 父親はいなくて、母親は仕事で不在がち。頼れる者がいない中、弟の翔と一生懸命生きてきた。それは、人に何かすることで『自分』という存在を認めてもらいたかったからじゃないか。

 ジェネに甘えろって言われたけど、ぐらぐらの土台に立っている自分が寄りかかったら、自分の全てを相手に依存してしまいそうで怖かった。


 「……」


 結局何か言いたかったけど、口に出せば言い訳にしか聞こえないので黙り続ける。


 そんな私をイル・メル・ジーンはお見通しだったのだろう。顎に添えた指を離し、私をギュッと抱きしめた。


 「…… わ、ちょ、お姉さま?」


 「居場所、欲しかったんでしょ?」


 「……!」


 まさに、その『居場所』の一言で私の今までが集約されている気がする。

 息を詰める私にイル・メル・ジーンは優しく抱きながら続けた。

 

 「ここに居てもいいんだって、認められたかったのよね? もう大丈夫よ、大丈夫。後の事は任せなさい。相談しなさい、頼りなさい、皆を。―――― それに、アナタが居たい場所、もう決めてるんじゃない?」


 沁み込むその言葉に泣きそうになりながらも、最後の耳元で囁かれた言葉に心臓が飛び上がるかと思った。

 ハルだけじゃなくて、お姉さまにもバレてるよっ。


 慌てて体を離し、ふとイル・メル・ジーンの顔をじっと見つめる。

 超絶美女に圧倒されて、見つめるということはなかったけど…… あぁ、そういうことか。

 唐突に理解した。どうして自分がマルちゃんと呼んでしまう訳も。それはあの風竜によってもたらされた『読み取る力』……。


 「お姉さま…… じゃなくて『ヴォルフ』お兄さま、ありがとう。私は召喚によって来たからには、帰らなきゃいけないの。…… それまでは、やれるだけの事はやらせて欲しい。でも、なるべく秘密にしたいな。私、光と闇は掌握してないから」


 「えっ…… あ、あの?! 待って、ちょっと待ってウンノちゃん。あー、いやね、どこからどういったらいいのか……」


 目を丸くして、珍しく動揺したイル・メル・ジーンがどさりと力なく椅子に座る。長く燃える様な長い髪を後ろに掻き揚げ、面倒くさそうに手をジェネに一振りした。すると魔術により拘束されていたジェネは自由を取り戻した途端イル・メル・ジーンに詰め寄った。


 「イル・メル・ジーン! お前……!」


 「ねえジェネ、あなた私の『本名』知らないわよね?」


 「え? ああ、知らないな」


 「私はカケルにも教えていないわよ? ―――― なんでウンノちゃん知ってるの?」


 「はあ…… まあ色々」


 「色々って何よ! もう何この双子、デタラメね!」


 キイッと喚くイル・メル・ジーン。翔共々すみません。


 「それから! 光と闇を掌握してない、ですって?! そんな事あるの? …… ま、実際そうならそうなんでしょうけど。どうやったら契約出来るか、それはもう分かっているの?」


 「闇は王太后の所に囚われているので、それを何とか出来れば……。そうすれば王太后の力もなくなると思います」


 精霊使いは一人一種類の精霊と契約が出来る。その常識を当てはめれば王太后は闇の力だけだ。他の精霊の力は感じなかったからね。あの闇の精霊を何とかして私が助けることが出来れば、王太后は力を無くして脅威はなくなり、マルちゃんも元気になるだろう。

 そしてその闇の精霊を…… うん、手が無い訳でもない。


 「じゃあ、光の精霊は?」


 「ひか……」


 途端一気に頭に血が上って、ボッと顔が赤くなるのを自覚する。


 「えええいずれソレは何とか…… あ、そうだ! お腹空きませんか?! ご飯作りますから食べましょう! 私マルちゃんに対精霊用の結界張ります! ヴォルフさんは対魔術用を! さ、じゃお先に行きますねっ」


 早口で捲くし立てて私は話を切り上げ、自分の部屋へと走り出した。





これは『災厄』レベルではありませんw


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