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1 闇と私と



 「好きだ」


 言われた瞬間耳を疑った。

 

 ジェネが、私を、好き?


 深い海底の様な色をした瞳と視線が絡み合う。それがゆっくりと近づいてきて、逃げたい気持ちに反してまるで自ら望むようにそっと私は目を伏せた。

 私の顎を、ジェネの大きくて無骨な指が支える。

 唇の、表皮一枚を軽く触れるかのようなキス。そしてもう一度、今度は確かにここにあると感じられる質感のあるキス。

 少し固めで、少し冷たく、かさついた唇の感触がした。


 「んっ……!」


 急に熱を持った何かが触れ、驚いてつい声が洩れた。それはゆっくりと私の下唇を湿らせていく。

 なぞるような感触に混乱しながらも、しかしそれ以上されると自分がどうなってしまうのか分からず、怖くなって伸ばされる舌先を阻んだ。

 ジェネはそれ以上無理強いする事もなく、優しくもう一度重ね、ちゅ、と音を立てて唇を軽く吸われた。


 あまりに気持ちが良すぎて足に力が入らなくなり、私の胸上に回されたジェネの左腕に縋った。その腕はとても逞しく、私が力を込めても少しも揺るぎはしない強さを持って支えてくれた。


 そして気付く。

 

 ―――― あ、この傷……。


 あの竜の背骨山脈で傷を負ったジェネシズ。記憶は無いけれど、恐らく私の為に負った左腕の切り傷は今は塞がっており、特に不都合な様子は見せなかったが、これを見たらぎゅうっと気持ちが締め付けられた。


 ジェネは守ってくれると誓ってくれ、そしてその通りに私を守ってくれている。

 傷に沿って指でなぞりながら、自分がこんなにも好きで好きでどうしようも無いジェネへの想いに困惑した。こんなにも苦しいのに、こんなにも気持ちがいいだなんて初めてで。

 

 「ジェネ…… ほ、ほんと?」


 もう一度、聞かせて欲しい。聞き間違いじゃないよね?

 後ろから抱き締められたまま、私はジェネを見上げて視線を合わせる。

 

 「本当だ。好きだよ、ウンノ。―――― もっと分からせてやろうか?」


 今まで見たことが無い極上の笑顔で顔を寄せられて、堪らず声をあげる。


 「あ…… やっ! わかり、分かりましたっ!」

 

 その笑顔見せられたら、私どうにかなっちゃうよっ!

 恥ずかしくて顔を伏せ、コツンとジェネの固い胸板におでこを当てた。

 

 「…… ウンノは。ウンノは俺の事をどう思っている?」


 上から降るその声は、微かに掠れているのに私は気付いた。


 ―――― あぁ…… ジェネも緊張しているんだ、怖いんだ。 

 

 私と同じね? とても、怖いの。


 今すぐ「私も好き」と伝えたい。だけど異世界召喚への契約は、必ず実行されなければならないもの。それが世界の理でもある。

 翔のように、行ったり来たりが出来るという保障も全く無く、ただ想いが通じ合って、それから……? 現実的な距離じゃない恋愛は、幸せな未来像が全く見えてこない。

 私はともかく、ジェネには幸せになってもらいたいのだ。

 だから、気持ちを返すことが怖い。通じ合えないくらいなら、忘れてもらった方がいい。

 

 「―――― 私……」


 一言、ぽそりと洩らしたけどちっとも言葉が続かなかった。喉の奥に何かがぎゅうと詰まったように声が出ない。くっと指に力を込めて、高ぶった気持ちを落ち着かせようとしたら、不意にジェネの手が頭をポンポンと撫でた。


 「いい…… 急に気持ちを押し付けられて困ってるんだろ? だからいい。俺は俺の気持ちを伝えられただけで満足している。―――― すまなかったな」


 「ち、違っ……」


 言ったものの何が違うのかうまく言えず、ただ優しく撫でられるその掌の感触に心が痛んだ。




 その時。


 ぞわり、と背中が嫌な気配で粟立った。


 (姫君! 闇…… 闇のが再び!)


 イル・メル・ジーンがいる為に一旦宝珠へと戻していたが、心声で飛沫が警告をしてきた。

 

 「ジェネ! 闇の精霊がまた来たっ……」


 「ああ、それにいくつかの殺気も。いくぞ!」


 「殺気?!」

 

 ジェネはそれまでの甘さを綺麗に切り替え、駆け出す。私も続きながら聞いた。


 「―――― 四、五…… 六人か。相当の手練だ」


 抜刀しながら気配を探り、足音も立てずに走るその姿はまさに肉食獣であり美しい。私といえばバタバタ足音を立ててしまうので、疾風に頼んで音を消してもらった。

 王の私室へと向かう私達。やはり狙いは王か?

 

 ―――― マルちゃんっ!


 私室前の見張りであるあの甲冑ズは…… 崩れるように倒れていた。


 「大丈夫。眠らされているだけだ」


 最悪の事態を想像した私に、小声でジェネが囁いた。ホッとしつつ扉の内部の様子を窺う。


 (疾風、様子を教えて?)


 (ひろーいへやに さんにん。ルネたちがいるへやに ふたり。おくのへやにひとりだよ。ねえ…… ひめさま、やみがこわいよぉ)


 半泣きの疾風。疾風一人では闇をかわせない。朝行った障壁解除も、4人の精霊が揃ってこそ出来た事。

 奥の部屋にいる一人…… この濃密な闇の気配を作る主。


 「ジェネ? この扉の脇に一人、侍女の部屋に二人、寝室の扉の前に二人いるわ。それから寝室の中に…… おそらく闇を操る精霊使いが入ってる」


 配置を小声で伝えると、了承を示すように軽く頷く気配がした。

 そろりと扉の脇に背をつける。

 私は押しつぶされそうな緊張感に必死に耐える。こんな命のやり取りなんて物語の中だけ。まさか自分がその場に立つなんて思ってもいなかったから、怖くて仕方が無い。

 でも、ジェネが傍にいる。そして私はそれを助けるだけの力…… 『精霊姫』の力を持っている。ひとかけらの勇気を振り絞り、出来る限りの事をしようと自分を奮い立たせた。

 

 『光と闇の精霊は正と負、陰と陽でもあるんです。闇は陰の気を持ち、憎しみ、死など心に刻まれればおのずと居場所が知れます。光は陽の気を持ち…… 生命、喜び、愛情などを体験していれば具現するでしょう』


 飛沫の声が蘇る。


 闇の力を掌握できたらこっちのものだけど、憎しみや死なんて…… そんなおいそれと抱く感情ではない。どうにか方法はないものか。


 とにかく、マルちゃんが危ない。

 イル・メル・ジーンはどうしているのだろうか……。




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