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side ジェネシズ




 「すみません、ちょっとその辺座ってて下さいね」


 そういうとウンノは火を熾して湯を沸かしながら食器を洗い出し、俺は椅子などないこの部屋で唯一座れるベッドに腰掛けた。

 この部屋は……俺が三歳位の時か? 乳母に用があるという乳兄弟のハルと一緒に訪れた以来だ。王とその家族の為に湯を沸かしたり食事を温め直したりする炊事場だった。

 そこにベッドが無理矢理に置かれている。違和感ある光景だ。しかし女性に扮した男とルネに伝えていた為にこの様な場所になったのだろう。むしろ、個室となり更に炊事が出来るのは良かったとも言える。

 

 洗い物が終わったウンノは、籠を持って「ナイショですけど食材調達ですっ」と言って窓からヒョイと中庭に下りた。驚いたが、すぐに後を追う。

 この庭は王族専用の中庭である。城の最上階にあるが何代か前の王妃が作らせたらしく、それは見事な庭だっただろう。今は見る影もなく荒れているが。


 夕刻となり、薄暗い中ウンノはズンズン奥に向かう。俺は夜目が利くが、ウンノは恐らく精霊に注意されながら向かっているのだろう。

 目的の場所に辿り着いたのか、立ち止まったウンノは「うわ……」と言葉を失った。

 そこには俺にはよく分からないが、野菜らしき物が沢山……繁っていた。


 「――季節感まるで無視なのね……」


 なんでも初夏であるこの時期には生らないだろう植物も混在していたらしい。精霊に頼んで食材を作ってもらったようだが頑張りすぎだ、と。



 収穫した物を籠に入れ、再び部屋に戻る。

 髪を一つに括ったウンノは調理を始めた。包丁が食材を刻む音と、時折ふわりと美味そうな香りが漂い、それを行うウンノを見るだけで、何故か満ち足りた気分になった。

 このまま時が止まってもいいと思えるほどに。


 「それで……ジェネ? 何か話があるとか……」


 背中をこちらに向けながら、ウンノが切り出した。


 「早く終えて、お姉さまの所に行ってあげて下さいよ。私なら大丈夫ですから」


 固い口調で話すウンノの表情は見えない。


 「どうして俺があいつの所へ行かなければいけないんだ?」


 「あ……えと、――やっぱりジェネの大事な人だから、傍に付いててあげないと。ね?」


 僅かにウンノの頭が下がり搾り出すような声に、俺は「やはり」と思った。

 立ち上がり、ウンノの後ろに立つ。


 「どうやらウンノは誤解しているようだ」


 俺はウンノの両肩に手を置き、そっと息を吐き出すようにその言葉を乗せた。


 「誤解?」


 「ああ、誤解だ。俺とイル・メル・ジーンはなんでもない。そもそもあいつは――男だ」


 「えっ!?」


 一瞬僅かに飛び上がったウンノは、くるりと俺の方に向きを変えて驚いた。


 「お姉さまがお兄さまっ!? お姉さまなのに?!」


 ――大分混乱しているようだ。

 そこで、ウンノの両肩に手を置いたまま、俺は女装癖について懇々と説明をした。あいつは最初はちゃんと男のなりをしていた、カケルと会った時はすでに女装をしていた、実はハルと同じ年である、そして――俺には男を好む趣味はない、と。


 徐々に俺の言葉が頭に沁み込んでいったのか、大きく見開いたその目は段々と理解を示す色を見せたが、別の驚きも含まれているようだった。


 「ハルさんと……同じ年……その上男の人なのにあんなにも綺麗で……」


 むしろ落ち込んでいるような……? とにかく、理解はしたようだ。


 「そうですか……。そういえば昔、翔が『女装趣味のある友達』の為に料理を作ってくれと頼んできたことがありましたが、そうか…… それってイル・メル・ジーンの事だったんですね」


 ウンノが思い出した出来事を話すのを聞いて、俺は驚いた。

 カケルはあの時何も言わなかった。何故だ……。姉の自慢話は散々聞かされたが、そんな事があったなど俺は知らない。


 「分かりました。イル・メル・ジーンは男の人、ですね? あっ、お鍋が噴いてる!」


 慌てて竈に掛けられた鍋の蓋を開け、ウンノは「他に何かお話、ありますか?」と手を動かしながら聞いた。

 魚になにやら粉を振りかけたかと思えば鍋をかき混ぜ小皿にひと垂らしよそい、味見をして足りなかったらしい何かを振り入れた。


 手際の良い動きを見つめながら、もう一つの懸念をウンノに伝える。


 「イル・メル・ジーンが、『精霊姫』の存在を疑いだした」


 一瞬手を止めたウンノは、しかしそのまま作業を続けた。


 「疑われても……私は表に出る気もありませんし、それに……」


 「それに?」


 続きを促す俺にウンノは手にしていた調理道具を置いて、囁くような小声で。


 「――帰りますから、私」


 どくり、と心臓が大きく跳ねた。


 「帰るんです、元の世界へ。王に会う事は叶いましたし、後は書状を渡したら条件揃います。……精霊姫としてはここに残れないから、公表は出来ません。――あっ、でも帰る前にお世話になった方へ料理を作りた……」


 「ウンノ!」


 最後まで言わせられなかった。

 ウンノを後ろから手を回し、きつく抱き寄せた。


 「ジェネ! く、苦しいっ!」


 その声に僅かに力を抜いたものの、俺は恐怖にも似た感情が一瞬()ぎり、とてもではないが手を離す気にはなれなかった。頭の天辺に頬を寄せ、ずっと、ずっと、抑えていた感情がゆるりと溢れ出す。


 「帰る、なんて言わないで欲しい」


 「……」


 「帰るだなんて、言うな。――ずっと、居て欲しい」


 「え、でも……」 


 そっと顔を動かし、俺を見上げるウンノ。

 視線が絡み合う。

 涙は出ていないのに泣きそうに見えるその瞳。


 「ずっと、俺の傍に」


 「……」



 「好きだ」



 大きく見開かれたウンノの瞳を見ながら、俺は身を屈めて。


 ――そっと唇を、重ねた。


 その唇を味わうのは二度目だが、恐ろしい程の幸福感が体の全てを突き抜け、柔らかい感触が唇を通して痺れる甘さを伝える。

 二度、軽く啄ばむように重ね、もっと深くもっと味わいたいという欲求に逆らえず、そろりと舌先を伸ばした。 

 

 「んっ……!」


 わずかに身動みじろぎをしたウンノは、それでも拒絶はしなかった。

 腕に回した俺の腕を両手で掴み、その緊張を込めた指先がまたこの上なく愛おしい。腕とは反対の手でほっそりとした顎を捉え、支える。

 伸ばした舌先は下唇をなぞりあげるが、固く閉ざされた唇はそれ以上の進入を拒んだ。

 

 ――時期尚早か。


 性急過ぎた自分をやや恥じながらも、もう一度ゆっくりと唇を重ねて、軽く吸いながら離した。


 くたりと力の抜けた腕の中の愛しい人は、衣服から覗く肌という肌すべてがほんのりと赤く染め上がり、その色香に眩暈を覚える。

 前に「色気が欲しい」など言っていたが、何を言うか。

 こんなにも溢れさせて。 

 

 このまま閉じ込めて俺だけの物にしたいという利己心の塊を自嘲しながら、ゆっくりと体を離しウンノの体をこちらに向ける。

 潤む瞳で見上げながら俺の体に縋る様な腕を心地良く感じ、そっと頭を撫でた。


 「ジェネ……ほ、ほんと?」


 信じられない様な表情をして、俺を見つめる。

 

 「本当だ。好きだよ、ウンノ。――もっと分からせてやろうか?」


 自然と頬が緩みながら顔を寄せれば、ウンノの顔はますます赤みを増した。


 「あ……やっ! わかり、分かりましたっ!」

 

 慌てたように顔を伏せ、俺の胸に額を寄せた。

 その行為で俺をますます煽らせているとは思っていないだろう。なんて罪深い!


 「……ウンノは。ウンノは俺の事をどう思っている?」


 返事がとても恐ろしい。幾多の戦場に向きあってきたが、今この時の方が数倍緊張した。



 「――私……」






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