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side ジェネシズ




 「あら……お邪魔だったかしら?」


 「イ、イル・メル・ジーン!! 隊長を止めてください!!」


 「若ぁ! 頼みますから最後まで話をっ!」


 優雅に執務室の扉から入って来たイル・メル・ジーンは、深紅の羽が異常に付いた扇子を口元に当て呟いたが、その目は愉快そうに光っていたから一つも自身が邪魔だと思っていないことは明白だ。

 そんな様子を見てようやく我に返った俺は、ハルの胸倉を掴んでいた手を緩めて解放する。

 後ろから羽交い絞めにしていたロゥも、俺の力が抜けたのが分かったのかゆっくり手を離し、ハルは少し咳き込んだ。イル・メル・ジーンが入ってきたのはこれ以上ない絶妙の頃合いだった。

 

 「大体なんの騒ぎよ。私がこんなに忙しくしているっていうのに楽しいことしてて!」

 

 イル・メル・ジーンは、獣道を無視して直線で机まで歩いてくる。何やら機嫌が悪かったようだが本人好みの場面に遭遇したことにより、すこし持ち直したようだ。

 執務机の傍にあった椅子に書類や本が積み重なっていたが、それをなんの頓着もせずに片手で床に払い、どかりと腰を下ろす。


 「ジェネ? その怖い気配も仕舞いなさい。――で? 何があったわけ?」


 扇子を、軽く仰ぎながら俺ではなくハルに問う。

 ようやく咳がとまり、大きく深呼吸しながらハルが事の顛末を語りだした。


 「ウンノから定時前にルネから手紙を預かったと連絡があり、それを読む為と…… 私に頼み事があるというのでウンノがあてがわれた私室に行ったのです」


 「ふふっ、ハルドラーダに頼み事ねぇ」


 にたりと笑いながらイル・メル・ジーンはとても愉快そうに続きを促す。

 ハルはこちらに視線を寄越しながら、緊張した面持ちで俺が激昂した言葉を再び口にした。


 「ウンノはこう言ったのです。『私を、抱いてもらえませんか?』――若! 剣から手を離してくださいっ! 

 だから最後まで話を!」


 言われて俺はハッと剣の柄から手を外した。無意識とは怖いものだ。


 「ジェネ、いちいち反応しないの! ロゥ、あなたジェネの剣預かりなさい。それで? 望むまま抱いてあげたの?」


 「とんでもありません! 幾ら私でも分別ありますよ。勿論手出しなどしておりません、ち、誓って! 話すうちにウンノも……頭が冷えたのでしょう。今言った事を忘れてくれ、と言いました。理由までは分かりませんが『今必要だと思ったから』頼んだと」


 「今、必要だから……?」


 ウンノが急にそんな事を思いつく性格ではない。そもそも今朝、あの庭で交わした口付けでさえぎこちなく、抱き寄せた体からは全てを委ねてられていない芯を感じた。

 そこを飛び越えて願う内容ではない。


 しかも、俺ではなくハルに!


 再燃しかけた苛立ちを分析する余裕は出来た。これは嫉妬心だ。ウンノを愛するという心地良さと他の者に渡したくないという独占欲が心に黒い渦を巻く。


 「私が言うべき事ではないのは重々承知していますが……ウンノは誤解故に私に頼んだのだと思います」


 「誤解? 何を誤解したの?」


 ハルは言うべきか迷ったように幾許いくばくか逡巡した後に、結局吐き出した。それをイル・メル・ジーンが眉を顰める。

 その声に、俺とハルとロゥがじっとイル・メル・ジーンを見た。


 「……」

 

 「……」


 「……」


 「――私? 何、私何かした?」


 「お前のその女装癖が元凶。――そういうことか、ハル?」


 「は、はい。ウンノは……イル・メル・ジーンが女と思い込んでおり、それによる誤解があるようです。それを解けば、その理由も分かると思います。若……頼みますから、ウンノの話を聞いてあげてください」


 無論そのつもりだ。

 この女装癖が原因ならばいっそ剥いて証明してやろうか。

 イル・メル・ジーンはそんな俺を見て急に焦ったように立ち上がった。


 「ちょっと! 怖い目で私を見ないでよ! さ、じゃあ行くわよ」


 「行くとは?」


 突然イル・メル・ジーンが言い出すのに疑問を投げる。すると腰に手を当ててぱちりと閉じた扇子を俺に向けた。


 「決まってるでしょ! 王様の所よっ。何のために私が今忙しくしてるのか分かる? 朝、急に天候が変わったからよ。このクリムリクスで日光が当たることなんて先王以来無いことよ? ほぼ十年振りよね? 原因究明する為に奔走してるわ、部下が」


 「……かわいそうに」


 宮廷魔術師であるイル・メル・ジーンの部下の扱いを知っているロゥは、同情してつい洩らす。

 そんな言葉は聞こえているのにあえて無視して続けた。


 「その後急に王の私室の障壁は綺麗さっぱり消えてるし。結局ね、玉座の主であるディエマルティウス王を確認しないことには始まらないのよ。玉座の安定がこのレーンの地を導く精霊達の安定に繋がるから。王に何かあったのか、それとも……」


 俺の目をイル・メル・ジーンの薄氷の様な瞳が探る様に見据えながら、はっきりと宣言するように口にした。



 「それとも――精霊姫が現れたか、ね」



*****



 ウンノを連れ立ち身体検査を受けた場所。しかし今は誰もいなかった。再びまたあの下らない揶揄を聞かされると構えていたが、どうやらイル・メル・ジーンが「面倒」と魔法で眠らせたらしい。

 私室前の見張りの兵二人は、今の時間五番隊だ。職務に忠実に、俺達に身体検査を求めてきたがそれもイル・メル・ジーンの一喝で納まった。言った内容はとても口に出せないが、この騎士達は向こう3年は悪夢にうなされるだろう。


 「入るわよ」


 扉を叩きもせずまるで自分の自室かの様に入ると、広い応接間の一番端の扉から僅かに隙間が開き、こちらの様子を窺う人影が見えた。しかしこれもイル・メル・ジーンが「出てくるんじゃないわよ?」と小胆な者なら気絶するような視線で押さえつけた。多分あの部屋が侍女用の部屋だろう。


 寝室に続く扉に手をかけたところで、悲鳴が聞こえた。


 ――この声は、ウンノ!


 急ぎ扉を蹴り飛ばす勢いで中に入ると、そこには……。


 悲鳴を上げているのはまさしくウンノ。そのウンノは弟のディエマルティウスに抱きついていた。

 サッと周囲を見渡したが特に危険な様子は感じられず、何があったのか尋ねる必要がある。二人を確認すると、どうやら弟は椅子に座ったままでウンノから抱きついたようだ……が。

 

 ――位置がいかんだろう! 胸が顔に当たっているじゃないか!


 弟の顔はウンノの胸に埋もれ、息が出来ないようで手が助けを求めるようにせわしなく動いていた。


 知るかっ!


 「あら。またいい場面に出会っちゃったわね?」


 イル・メル・ジーンがサッサと近くの椅子に座り、俺は……。

 すぐにでも引き剥がしたい衝動を無理矢理に抑え、ウンノの耳に口を寄せそっと囁いた。


 「ウンノ、落ち着け。何があった」


 すると、ぎゅっと目を瞑ったままのウンノは潤む瞳でこう言った。

 

 「ク……クモが! 肩……」


 「ん? ああ虫か。……もう大丈夫だ」


 そう言って安心させ、俺はヒョイとウンノの両脇を持ち上げて弟から離し、足をそっと下ろして立たせた後、ウンノの肩を引き寄せた。

 弟を見ると、どうやら半分意識が飛んでいるようだ。そのくせとてもいい笑顔なのが腹立たしい。

 大事な弟だが、俺には譲れないものがある。


 「あれ、ジェネ? どうしてここへ? うわっ、お姉さまもっ!」


 俺に肩を抱かれたままのウンノは、むしろ安心したかの様に体重を俺に預けながら驚いていた。俺はその重みが堪らなく愛おしい。ついウンノの頭頂部にある旋毛つむじにそっと分からぬよう口付けてしまった。


 「あー、見てらんないわっ! ジェネ、この子は寝かせておくからあなた達はウンノちゃんの部屋に行って話してきなさいっ!」


 イル・メル・ジーンが「何この変貌振り」と悪態をいていたが、この部屋で弟の傍にいてくれるというから遠慮なく行かせて貰おう。


 ウンノは何のことか分からずキョトンとしていたが、とにかく部屋に行くということで


 「じゃあ、夕食の支度してきますね」


 と、目尻に残る涙を拭きながら、この部屋に残っていた洗物などを持ち、後にした。



 そう……まずは誤解を解かなければ。そして、精霊の事も。


 そして――――。





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