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1 翔からのお願い



 あれ? じゃあ、言葉が通じないって人もいたのに、どうなんだろその辺は。

 ふと湧いた疑問だったけど、それを口にする前にジェネシズさんが食事をワゴンに乗せて戻ってきた。配膳を手伝っていたら、疑問は霞のように消えてしまった。

「カケルは、そちらの世界の料理と比べるとこちらの料理は『素朴な味』だと言っていたな」

「そうそう! 超シンプル。素材の味だけかしょっぱ過ぎるかのどっちかで、腹を満たすだけの食事なんだよね~」

 二人が目の前に並べられた料理を評価する、シンプルな料理とはなんだろう。異文化の食事に、好奇心がうずいた。

 さて、とりあえず料理を観察してみようかな。

 大きな塊のままではおそらく歯が立たず、だからだろう薄く薄く切り分けられたパン。

 具は特に見当たらず、もしかしたら流し込む用に作られたのかと思われるスープ。

 茹でたらしき野菜。

 そして、塩。

 ……?

 え、塩は別皿なの? 自分で味付けしろってことなのかな?

「ま、とりあえずこちらの味を食べてみてよ、ねーちゃん」

 食指は湧かないけれど、お腹が空いていたし、この世界の料理に興味があったので、食べてみようと思う。

 パン――固くて顎が痛む。それに酸味が強すぎるし、なにより美味しくない。

 スープ――出汁が全く感じられない。旨味どころかもはや白湯だ。

 茹でただけの野菜――素材そのままで、美味しい。ジャガイモらしき物は不思議なオレンジの色をしていた。あとなにか分からない葉物があるけど、私が知っている野菜とそう味は変わらない。

 玉ねぎらしきものがあったけど、固い皮もそのままだったので、食べる文化なのかそうでないのかで、残すのを迷った。

 くたくたになるまで炒めた玉ねぎをコンソメスープでのばして、塩コショウで味を調え、パンを浮かべてチーズ入れてオーブンで焼き目を入れた、オニオングラタンスープが飲みたくなった。

 そんなことを考えながら固いパンを小さくちぎり、時間かけて咀嚼した。

「僕、ねーちゃんの料理が食べたくてずっと、ずーーっと我慢してたんだよ!」

 翔はよっぽど嫌気がさしていたのか、若干涙目になっている。食べられるだけマシだとか、そういうわがままを言っているのではなく、おそらくはホームシックに近いものがあるのだろう。食事は生きていくうえで大事な位置づけで、食べ慣れないものを食べ続けるのは、精神的に追い込まれていくものがある。

「ねーちゃん、あとで何か作って欲しいよ……ねーちゃんの作るごはん食べたいよ……」

「う、うん……いいけど」

 作るのは別に苦ではない。ウチは母一人子二人の母子家庭だ。母親は出張などで家を空けることが多かったので、家事全般取り仕切るのは私の仕事だ。

 お金の余裕がなく、節約の為に私は色々工夫をして、いかに快適に過ごせるかを常に考えていた。

 その生活は私と翔が大学を卒業するまで続き、翔にとっていわゆる『おふくろの味』とは、私の作るご飯をさすのだ。

「やった! 約束だからね! ジェネもねーちゃんの料理食べたいだろー? ふふん。ねーちゃんの作るもの、なんでも最高にうまいんだぜぃ」

「前々から聞いていて興味があるな。是非一緒に頼む」

 ハードル上げすぎだよ翔!

 翔を軽く睨みながら隣のジェネシズさんを見ると、ごく僅かに目元がふんわりと優しくなっていた。

 わぁ……良いもん見た!

 無表情な人だと思っていたけど、よく見れば変化がわかる。不躾なほどジェネシズさんの表情を見てしまう私に、翔はニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべる。

「ジェネは無愛想って思うだろ? これはねー、色々隙を見せない為の仮面でもあるんだ。国の上に行けば行くほど、足の引っ張り合い多いからねー。僕の前では大分リラックスしてくれるようになったんだけど、ここに来るまでの道のりがまたっ……!!」

 泣きマネをしながら、どれほど苦労したか語ろうとした翔だったけれど、ジェネシズさんが素早く翔の口を塞ぎ防いだ。

「頼む……その話は思い出したくもない。やめてくれ」

 ジェネシズさんが『参った』とでも言うように片手でこめかみを押さえ、うなだれた。

 よっぽど聞かれたくない何かをジェネシズさんにやらかしたんだな、翔が。

 泣きマネから一転、今度はニヤニヤ笑いながら翔はジェネシズの肩を組む。

「そんな訳で僕はジェネに貸しがある。その貸し分でねーちゃんの護衛を頼んだのさー。表立って国王謁見しちゃうぞーってわけじゃなく、アポ無しでコッソリ行ってもらう予定だし。いやいやいや大丈夫! 危ない事はない……よ? 多分」

 アポ無しコッソリだなんて! と、どう考えても物見遊山的な道中では無い話で顔を険しくした私に、翔は慌てて大丈夫とフォローするけど、なんとも頼りない。

 大体なんでコッソリなのよ!

 するとジェネシズさんが溜息を付きながら、翔のフォローをする。

「カケルはこの国の王になってまだ三ヶ月程しか経っていない。王になったとはいえ、まだ混乱は多く不在にするべきではない。しかし我が国レーンとの関係は先代の王により険悪な物となっていて、カケルに代替わりした今こそ友好的な関係を築く時機だととらえている。使者を立てるのもいいが、最も効果的な演出として本人が謁見した方がより一層覚えはいいだろう」

 なんと正しいフォローなのだろうか。

 淡々とあの耳の奥にジンとくるちょっと低めの良い声で語られると説得力があり、私もうーんそうかな? じゃあ行っちゃおうか! なんて気になるから怖い。ちょっと待てよ私の本能! と理性が抑える。

「本人がっていうか、その役目が私に振られるってことなんだよね? 私でいいの?」

 本人が謁見、と言うには訳があり、翔はとても人と馴染むのが早い。相手の懐に入り込むのが上手で気に入られるタイプなのだ。

 大学二年の頃、二十歳の記念にこじんまりとした居酒屋で乾杯してたら隣のオジサマと意気投合。なんと大会社の社長さんで、下積み時代から通うこのお店にたまたま居合わしたのだ。

 オレんとこに来ーい! の一言で卒業後の就職先も決定。就職活動すらしてないのに、決まってしまった。勿論花形の営業職。翔には天職だと思われる。

 一方私ときたら家事を極めるのに楽しくなってしまい、図書館に通って料理の本、ハーブの本、おばあちゃんの知恵袋的な本、収納の本などを読み漁っていた。

 就職活動はこれといって有名企業に狙うわけでもなく、翔は就職先が県外なので生活のサポートは要らなくなり、母親は相変わらずほぼ家にいない状態なので、とある有名リゾートホテルに寮に住み込みつきで就職することにした。

 お客様に、いかに気持ちよく滞在してもらえるか。

 これは今までの私の家事にも通じるものがあった。いかに家族に気持ちよく過ごしてもらえるかと。

 有名リゾートホテルとはいえ経営は厳しかったらしく、従業員は何役も掛け持ちをしていた。時間帯によって忙しくなる部署があるので、時間の空いているスタッフを効率良くまわしていたら、いつしか私もチェックイン業務、ベッドメイキング、調理補佐、色々こなせるようになった。

 一人前に仕事ができるようになり、やりがいを感じ始めた頃リストラの宣告が降りた。

 そして冒頭に戻るのである。







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