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食材を抱えて王の私室の前に来たけど、どうやってあの甲冑ズの身体検査を抜けられるのか。
一侍女の持ってきた食材など、毒盛ってる? 危険物? など判断されるのがオチだ。私は柱の影に隠れて宝珠へ心声で話しかける。
(ちょっとみんな! これをマルちゃんの寝室へ見つからないように運んで欲しいんだけど、お願いできるかな?)
(目晦ましは私がやりましょう。運ぶのは土の、頼む)
飛沫が申し出て私は持っていたものを任せる。そして再び身体検査を受けて中に入り、今度はルネに声をかけず寝室へと戻った。
マルはまだ寝ていた。ま、そうだよね。疾風は起きたと言って来なかったし。
暖炉を見るとほんの少しの薪が置いてあった。初夏なので火を付ける機会も無かっただろうから量については仕方ない。でもこれで暖めなおしができそうだ。
暖炉に薪を並べ、薪の消費が少なくなる程度の炎を焔に頼んで熾してもらい、鍋を暖める。
あとは―――― 掃除かな。
ちっとも侍女が侍女らしい仕事をしてこなかったらしいので、相当…… アレね。ばっちいね。
掃除道具など分からないのでルネに聞きたい所だけど、私の手伝いをしてルネがとばっちりを受けるのも悪いし好き勝手やらせてもらおう。責任取るのは私だけで充分だ。
あらゆる戸棚をゴソゴソしても寝室にはなかった。居間の方へ行き再びゴソゴソ。私、怪しすぎるよ!
そして発見した箒、ちりとり、雑巾、桶(バケツ?)。一通りの物は一箇所に置いてあり、それを持って寝室へ戻る。
さてと。まずはトイレから掃除しよう。
寝室には専用のトイレが付いている。流石に…… ここはきれいにしないと駄目だろ!
ちなみにここの城のトイレは、意外にもまともだった。
一本溝があり、排泄されたものは傍に置かれた水瓶から桶を使って流す。溝の先は壁に隠れているんだけどキチンと排水されていく。ラスメリナの上階から地面までボットンとは大きく違うよ?! 私はこちらの方式をディスカバラントの世界中に推奨したいね!
汚れ具合は差し控えるけど……。とにかくトイレは専用ブラシで磨く、磨く、磨く!
桶の水は尽きかけていたので、これはこっそり飛沫に頼んで満たしてもらう。そして最後に床を磨き、水で流して雑巾で水気を拭き取り終了! ああ、スッキリした。
再び寝室へ戻り、替えのシーツや着替える為の衣服を探して置き、タオルのような柔らかな布を何枚か用意しておく。きっとお風呂も入りたいだろうなと思って。でも湯浴み出来るほどお湯を用意するのは一人では難しい。精霊の力を借りれば簡単なんだけど、人前では…… って、王の目の前ではなおさらいけないだろう! 私が精霊姫ってばれちゃうし!
私は『王が元気になって、書状渡して、帰る』んだよ! もう、アッサリ帰ってやる! 日本に戻ればファンタジーの世界から離れられるから。離れたらきっと胸の痛みも和らぐだろうし。
当代の精霊姫にはなったけど、早々に次の人を飛沫達に見つけてもらって、引き継いでもらおう!
(ひめさま? あの、おうさまおきたよー)
疾風の声にドキリとする。たった今思っていた内容に罪悪感が心を掠めた。折角懐いてくれたのに、まるで見捨てるかのような痛みを覚える。
(あ、ありがとう疾風。今行くね)
うん、これは後でちゃんと考えよう。
ベッドの傍に行くと、マルは天井をジッと見つめていた。
「マルちゃん? 起きましたか?」
そっと声をかけたら、ゆっくり首を巡らせて私を見た。
その薄青の瞳は私の姿を認めると、ほのかに揺らぐ。―――― 泣きそうな…… そういう感情が滲んだように見えた。
「サーラ、だったか? そうか…… 夢じゃなかったんだな」
まるで幼子の迷子の様な心細さの心情が、マルの手に現れる。その手はゆっくり伸ばされ、私の服をギュッと掴んでいた。どこにも行って欲しくない、私がここに存在している事を確かめているかのように。
私はわざと明るい声でマルに聞いてみた。
「夢じゃないですよ! 私はちゃんとここに居ります。探さなくても大丈夫ですよ?」
にっこり笑って顔を覗き込むと、マルは微かに目を見張り、「べ、別にそんな探してなんていないからなっ! 」と顔を背けてしまった。
「それより、なんだかいい匂いが……」
「あ、そうだった! マルちゃん、食事にしましょう。ただし、暫くマトモに食べていなかったみたいなのでいきなり固形食は厳しいでしょうから、スープをお召し上がり下さい」
「マル…… ああそうだった。いや、なんでもない。好きに呼べ」
右手で両目を覆い、私が『マルちゃん』と呼ぶのを抗議しようとしたマルは、しかし何の理由か分からないけど了解してくれたらしい。
ほんとに、なんでだろう?
マルはスープと聞いて、ムッと声を荒げた。
「俺はちゃんとした食事が食べたい! スープなんていらない!」
「駄目ですよ。急に食べたらお腹がビックリしてしまいますからね? 徐々に慣らしていかないといけませんよ」
水分は先程の特製ドリンクで取れている。しかし固形物は胃がまだ消化に慣れなくて吐き出す恐れもあるから、ちょっとずつ様子を見ながら食事の段階を上げていかないとね。
食べ盛りの十六歳では辛いけど、ほんの少しの我慢だ。若いからあっという間に回復するだろう。
依然ブツブツ言うマルをそのままに、暖炉にかけてあった鍋からスープを掬って器によそう。このスープは私が厨房で教えたチキンスープ。あの後すぐに料理人達が作ったらしく早速それを戴いてきたのだ。もちろん毒入りの可能性があるため精霊に頼んで確認済みだ。
鶏と野菜の味がしっかりと出ているスープ。微かにハーブの香りがふわんと立ち、うーん美味しそう!
ちゃんと味付けをする前の物なのでそんなには胃を刺激しないと思うけど、どうかな?
マルが上体を起こし、背もたれ代わりに枕を背中に置いてあげる。そして器を手渡して「どうぞ召し上がれ」と勧めた。
暫くジッとマルは眺めていたけど、匂いに負けたのかそっと口をつけて啜った。
「…… 美味い」
「あ、慌てないでいいですよ! ゆっくり、ゆっくり飲んでくださいね?」
さして多くもない量のスープをじっくり味わう様に飲んだマルは、最後の一口はぐいっと煽りそのまま私に「おかわり!」と器を差し出した。
「お前、どうやってこんな美味いもん作ったんだ?! 初めてだぞ、この俺がお代わりなどというのは」
「あ、あはは…… それはありがとうございます。では、あと一杯だけですよ?」
もう一杯よそってマルに手渡したら、大事そうにチビチビ飲み始めた。
うわ…… 可愛い! あと一杯って言ったからだよね。ちょっとずつ飲むの。
美味しそうに飲み干したマルに、私はよく出来ましたとばかりににっこり笑って器を受け取った。
「じゃ、体拭かせてもらいますね」
飲んでいる間に、私は桶にちょっと熱めのお湯を張って用意をしていた。
「拭く?! いや、俺は別に……」
「湯浴みは今用意できないので、これで我慢して下さい。拭くと気持ちがいいですよ」
脱いで! と言ったら軽く引かれたけど…… いや流石に下着はそのままで!