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たっぷり三十秒は経っただろうか……。
ハルは、こちらを見たままピクリとも動かなかった。
「あの、ハルさん?」
この空気に耐えられずそっとハルの顔を覗き込んだら、「あ、いや……」と何故か目があさっての方を向いた。
そして綺麗に後ろに撫で付けられている深緑色の髪を乱暴にガリガリ掻きながら、困った顔をした。
「なあウンノ、それはどういう意味だ? 抱き締めれば良いのか、それとも……」
「ええっと…… それとも、の方で…… す……」
改めて聞かれると滅茶苦茶恥ずかしい! 自然と顔は俯き語尾は尻すぼみで小声になり顔が赤くなっている自覚がある。そんな私を見たハルは、大きな溜息を吐きながら両手でぱしんと両膝を叩く。
「じゃ、致しますか」
え…… と思った時にはすでにハルの膝の上に座らされていた。背中にじわりと体温を感じる。ハルの右腕は腰に回り、左手は私の右耳に掛かる髪を後ろに回され、耳があらわになった。
何て素早い!
ハルの吐息がふうっと耳にかかり甘い痺れを起こさせ、「……んっ」と思わず声が洩れでた。
そしていつの間にか背中のボタンが中程まで外され剥きだしとなった肌が、触れる空気にまで敏感に感じる。
ハルの濃厚な色香に流され、そんな自分がどうにかなってしまいそうで、だけど……。
―――― その手の。
―――― その熱の。
―――― その触れる手が腕が足が息が熱が…… ちがう、すべてちがう!
「っ…… やっぱ、駄目!」
両腕でぎゅっと自分の体を抱えて立ち上がり、ハルの方をくるりと振り返り「ごめんなさいっ!」と頭を下げる。
どうしても、駄目だった。
私が今までジェネに触れたあのすべてをハルが触れる度に甦り、痺れる様な快感と刺す様な痛みが交互に胸を刺激されて辛くなった。
「ハルさんすみません…… こちらからお願いしておいて……」
「いや? むしろ役得だったさ。ほら、まず涙を拭いて」
すっと差し出される手巾。うわ…… やっぱりこの辺りそつがない!
有難くお借りして、べちょべちょに濡れた頬に当てる。もうほんっと涙腺壊れてるね。呆れる位今日出すぎだよ。「背をこっちに向けろ」と、私の背中のボタンを再び留めてくれながら聞いてきた。
「一体どうした? 確かに私は得意分野ではあるが、理由無き契りなどたまにしかしないし、嫌がるのを無理矢理する趣味もあまりないぞ?」
ハルさん言っちゃってるよ、色々!
「まあ座れ。…… 『抱け』とは、どうして急に?」
私はぽすんと再びベッドに座り、ふうっと息を吐いた。
「それは、今必要だと思ったからです。…… ハルさんならいいかな、と」
「私なら……? その役目、ジェネシズ隊長では駄目なのか?」
「!」
私はその名前に弾かれた様に顔を上げた。
思い切りハルと目が合い、しまったと思った。―――― ハルは、気付いている。
「あ……」
ハルは、見惚れるほどの笑みを私に向けた。「わかってるさ」と長い足を組んだ。
「若を見る目で気付いてたよ。ウンノ、好きなんだろう?」
直球ー!
しかし私も直球勝負に出た身なのでもういいやと諦めた。どうせこの分野でハルに敵うはずがないのだ。
「う…… あ、はい」
自覚はあったけど、人に打ち明けるのは恥ずかしい。たった今ハルにお願いした内容よりかわいいはずなんだけど!
「じゃあ、何故若に頼まない? ぜった…… いや、おそらく若ならば叶えてくれると思うが」
「駄目ですっ!ジェネには頼めませんっ」
「…… ひょっとして。イル・メル・ジーンを気にしているのか?」
「なぜそれを…… ええ、ぶっちゃけてしまえばものっすごい気にしていますとも! 私はね、人の道を外したくありませんから。どキッパリ忘れる事にしたんです! まだちょっと苦しいけど、時間が経てばなんてことありませんよ! 今は仕事、そう仕事です!」
一気に言い切ると、なんだかスッキリした!
「あのなウンノ、イル・メル・ジーンは……」
「じゃ! そろそろ起きるかもしれないんで、マルちゃんの所に行かないと!」
すくっと立ち上がり、「ハルさん、ありがとうございました!」と礼を言う。
「お、おいマルちゃんて誰だ?! いやいや、それよりも聞け! イルは……」
「ああそうだ! ちゃんと心構えが出来たらまたお願いしますね!」
にっこり笑い、ハルが持ってきてくれた幾つかの食材をサッと抱えてダッシュでマルの所に向かった。
後ろから「ウンノ、待て!」と声が追いかけてきたけど、今更二人の仲を言われたって私は邪魔する気はないんだから。
時間薬、時間薬!
―――― 大丈夫、きっと、平気になる。
年明け一発目です。今年もよろしくお願い致します。