4
にっこりと笑ってペコリと斜め45度の礼をし、顔を上げると何故か変な顔していた。あれ?この礼の仕方おかしかった?
「侍女……? 久し振りに人を見たな。」
「久し振りに人を見ただなんて……。普段どう生活されてたんですか、マルちゃん?」
「マルちゃんって言うな! ディエマルティウスという名前があるっ!」
ガッと噛み付く勢いで怒鳴ったけど、やはり食事を取っていないせいか力が出ないようだ。
起き上がっているのは辛いらしく再びベッドに横たわった。
「でぃえ、マル……ちゃん」
そんなに覚えられないような名前でもないのに、何故か覚えられない。王様を見ていると、どうしてもマルになってしまうのだ。そんな私に呆れたのか諦めたのか。「もうよい」とさじを投げた。
「そうだな…… ここ一月ほどは人に会ってない。どうしてか部屋から出られず、外からも入れないようで食事も満足に取れず……。俺など居なくても構わぬ存在だから、大して影響はなかっただろう?」
「そんなっ!」
「いい、俺は自覚はあるんだ。―――― 疲れた。寝るぞ」
ふーっと息を吐き出し目を閉じたマル。顔色も一層悪く、明るい元で見るその姿は頬などこけて痛々しい。久し振りに人に会ったせいあろうか、初対面の私だけど会話が出来て嬉しそうだった。
…… お世話、頑張ろう。
ジェネの弟だからというのもあるけど、弱っている人をほっておけない。書状渡したから「じゃあ!」って言うのは、余りにも勝手じゃないか。今の私の立場は王様専属の侍女。出来る限りのことをしてマルちゃんを元気にしてあげたい。っていうか。
―――― なんでマルちゃんて呼んでるんだよ私!
その疑問も解けていない。今まで出会った人はちゃんと名前呼べたのに、マルちゃんだけは『マル』なのだ。ジッと見てたらそれしか浮かばなかった。
ま、マルちゃんが良いって言ったからいっか。どうせ他の人入ってこないみたいだし。
あっさり気持ちを切り替えて、まず出来ることを考える。
マルは寝てしまった為、その間に何をすべきか。
部屋の掃除、食事の用意、よね?でも今寝てるから、部屋の中でガタガタしては起こしちゃうから…… 食事の用意。
幸い、私のあてがわれた部屋は元炊事場。調理道具も散乱していたけど片付ければなんとかなりそうだった。よし、やるか!
部屋の見張りに疾風を残し、再び侍女待機部屋へ。一応ルネに許可取ろうと思って。
さっきは慌しくしてしまったけど、今は落ち着いてノックする。
「サーラです」
暫く間があり、少しだけ開いた扉から顔半分しか見えないルネの姿があった。
「ちょっと…… 困るんですけど? そう何度も来られると迷惑なんです。あなたのお好きなようになさってと言いませんでしたか?」
小声で、しかし私を攻める口調に「でも……」と言い掛けたその時、私の手に素早くカサリと紙を握らされた。
「いいですね? もうこちらの部屋に来ないでください。それ以外は好きになさって」
言うなり、扉はすばやく閉じられた。
暫く閉じられた扉を見つめたが、ルネの何か怯えた瞳が忘れられない。
手の中に握られた紙―――― 誰かに見られたらきっとまずい物よね?
私は騎士の居る扉を出て、自室へと戻った。そして小さく折り畳まれた紙を広げると、そこには走り書きの字が見て取れた……。……。
―――― 私、字は読めないんですけど!
きっと、何か大事な事が書いてあると思うんだよね?でもまさか私が読めないって思ってないだろうな……。
え、えっと! どうしよう。
あ、そうだ携帯!!
連絡手段としてイル・メル・ジーンに魔力を注ぎ込んでもらった携帯電話を思い出した。
―――― 定時連絡は夜…… だけど、緊急時だからいいよね?
手紙の事と食材の準備。ブツブツブツ……。
それだけ!それだけなんだから!
今朝の出来事が脳内一杯に広がりそうで、呪文の様に二つのキーワードを繰り返し呟く。
ジェネの番号は110。
大きく深呼吸をして、ゆっくりとボタンを押した。
カコ、カコ、カコ……カコッ。
操作電子音は消しているけど、ボタンを押す音がやけに鮮明に響いた。
一回…… 二回……
「――――ウンノ?」
ぎゃーーー! でたっーーー!
いやいやいや、そりゃジェネに掛けたからジェネが出るに決まってるでしょ!
「あっ、ごめんなさい。今電話大丈夫ですか?」
あちらで何をしているか見える訳じゃないので状況を尋ねれば、今は魔窟でハルとロゥと共に報告書や許可証など事務処理をしているという。あの低音のいい声が携帯電話の受話口から直接私の耳へと伝わり、胸が震えた。
ぞくぞくするような快感が打ち寄せてくるが、理性を総動員して押さえ込む。
「あの…… ルネさんから手紙を貰ったのですが私は読めないので内容を知りたい事と、後マルちゃん…… あ、いえ王様の為に食事を用意しようと思うので、食材をお願いしたいです」
「そうか、分かった」
「それでですね。えっと…… 出来ればハルさんに来てもらいたいです」
「ハルに?!」
「はい。ちょっとお願いしたい事がありまして……」
「…… 分かった。必要な食材の事など伝えるといい。ハルに代わるぞ」
なんでだろう、若干沈んだような声でジェネは言うとハルに電話を代わった。
「おお! なんと不思議な道具ですな! 声がハッキリと聞こえますぞ」と興奮したようにハルが大きな声で喋るので鼓膜が痛い。ハルの声も艶っぽさがあるので注意がいるよっ?!
「あの、ハルさん。近衛の厨房からスープ貰ってきて下さい。あと……」
必要と思われる、そしてあの厨房で働いて見聞きした食材をいくつか挙げてお願いをした。
「了解。すぐに持って行く。―――― なあウンノ? 行くのは若じゃなくていいのか?」
急に小声になったハルは、私にそう尋ねた。
「なっ、何でそこでジェネがっ! …… ハルさんにナイショの相談事があるんです。だから、ハルさんお願いします」
「へえ、何だろうね? とにかく持って行くよ」
そう言い、通話は終了した。