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不思議そうな顔をしながらもルネはすぐに用意をしてくれた。
―――― 多分、ルネさんも他の人もあの闇のせいで入れなかったんじゃないかな?
私とは見え方が違ったかもしれないけど、あれほどまでに濃密な闇の気配を漂わせているのなら常人でも本能で避けるだろう。
この部屋にはあと二人居ると言っていた侍女が、突然飛び込んで来た私にビックリした顔で見ていた。軽くペコリと会釈をしてみたけど、途端険しい顔を見せた。うっわ、怖い!何で?
「量はこの位でいいかしら? 何に使うの?」
「あ、えっと、また後で! 急ぎますからっ」
ルネから差し出された塩と砂糖の容器を引っ掴むように受け取り「ありがとうございます!」と再び寝室へ走る。枕元まで戻り、水差しに今手にした砂糖と塩を適量入れる。
「あ! レモンどうやって切ろう……」
しまった、包丁ないじゃん!
(ひめさま、ぼくが!)
疾風は(それ~~~)と、何となく気の抜けたような掛け声でレモンをスパッと二つに割ってくれた。うわ…… かまいたちみたい。便利だけど怖いな!というか、そんなレモン切る位でこんな力使うってどうよ?!
偉大なる精霊の力で美しい切断面を見せるレモン。
その半身を水差しの中へギュウッと絞ってかき混ぜた。
「よし、完成!」
水分が体から失われている時に効率よく吸収できる特製飲料。通常のスポーツ飲料より塩分がちょっと多め。クエン酸も欲しいのでレモンを追加した。入れたほうが味もいいしね。
さて…… どうやって飲ませる?
ストローや吸いのみもない。―――― よし、起こしてみよう!
いささか乱暴かと思ったけど、意識があるかどうかもわかるしね。コップに飲み物を入れておき、私はそっと枕元から声を掛けてみた。
「王様。王様……。あれ、何て名前だっけ?」
名前を呼んでみようとしたけど、思い出せない。
ジェネ達はみんな王とか王様とか……あと弟とかそんな呼び方しかしてなかったな、そういや。ルネが一回だけペロっとフルネーム言ったきりだ。
なんだか・なんだか・レーン。…… だめじゃん!
なんだかマル……・なんだか・レーン。じっと王様を見つめながら呟く。
「マル……マルちゃん?」
「…… 誰がマルちゃんだ!」
ようやく一部思い出して口にした所、突然クワッと目を見開いて怒った王様。
「誰だ貴様?」
ゆっくりと首を巡らし私を見るその瞳は太陽の下で明るく輝く海の色。ジェネは深い海の底の様な青い色だったから、その違いに気をとられていた。
「誰だ貴様と言っている!」
苛立ちを含んだ問いに、「あ、ごめんなさいマルちゃん」とうっかり口を滑らせた。言った途端その双眸は怒りに燃え、更に怒気を含ませた声で私を問いただす。
「まずそのふざけた呼び名はやめろ! そして貴様は何者だ? 見ない顔だが」
ゆっくりと起き上がり、枕元に立つ私を睨み付ける様に見上げた。ジェネと似てると思ったけど、それはどうやら顔の造りだけだ。色彩は違うし、そもそもこんな手負いの獣の様な態度は取らない。十六歳って言ってたっけ? 在位二年とは言うけど傀儡政権に仕立て上げられそりゃ性格も歪むだろうな。
「だから! 俺の質問に答えろ!」
「あっ、すみません!」
再び思考に没頭してしまったのを咎められる。
「まあとにかく、お水飲んでください」
そっと先程作った特製ドリンクを差し出す。しかし怪しんで手を出してこない。
「あ、毒を心配されてますか? じゃあまず私が飲んで見せますよ?」
こくり、と喉の音を立てながら一口。うーん、美味しい!やっぱり搾りたてレモン果汁の味が生きてるね!
そしてそのままコップを差し出す。
暫くジッと眺めていたけど、やがてフッと鼻で笑って受け取った。
「今更毒を気にしても仕方ないか。いい、飲んでやる」
どこまでも偉そうに呟いて、しかし喉が渇いていたんだろう。手に取ったコップをまず一口ちびりと飲んだ。偉そうに言う割には舐めるように。
「…… 美味い」
「でしょ? これはですね、体の調子が悪い時などに飲む特製飲料です。肌の荒れ方から脱水状態と判断しまして、体に浸透圧の優れた飲み物を……」
「どうでもいい。次を寄越せ」
なんだ、折角説明口調がノッて来たのに。あっという間に空にしたコップに再び注ぎいれる。入れた途端一気飲みをして、大きく息を吐いた。
「で? 貴様は何者だ?」
水分を取ったせいか、険しい表情は幾分和らいでこちらを見る。
「えっと、初めまして王様。私はサーラと申しまして、今日から王様のお世話を仰せつかって参りました。よろしくお願い致します」