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1 玉座と精霊姫

 ちょ、ちょっと落ち着こうよ自分!


 あと数歩もしたら目指す扉があるんだけど、とにかく暴れだした心臓を鎮めようと柱の影にしゃがみ込む。

 

 ―――― まず、まずよ? 何でジェネは私に、キ、キッスをしたの?


 表現が微妙に昭和だな、と思いつつ唇を指で押さえ、蘇る熱と感触に再び心を乱す。


 ―――― え、えっと。アレは、うん。きっと私を慰めてくれようとしたのよ! うん、そう、そうに違いない!現に止められなかった涙はあっさりと引いたしね!

 

 ジェネが『ひょっとしたら私に好意を?』なんてのは、実に私に都合のいい解釈であり、最初から考えないよう除外した。

 

 あと、光の精霊がいう「繋がる喜び」。

 前後の文脈から読み解くと…… っていうか、明らかにアレだよ!

 遠回りしてたどり着こうと思ったけど、あっさりと結果にたどり着いてしまった思考で再び脳内は沸騰した。


 駄目だ駄目だこんなに動揺してちゃ! ただでさえ寄り道して時間が遅れているのに! クールダウンをしようと思っているのに!


 初キスをした直後、更にその先の知識でしかない事をしなきゃならないという無茶振り。私にとって非常にハードルの高い、まさかの初体験。

 

 ―――― だけどこの国にとって光は大事なのよね……。


 安定した日光という物は、植物の成長には欠かせない要素の一つ。あとは水と栄養なんだけどね。諸外国からの輸入に頼ってばかりでは国益にならない。

 この身たった一つ…… しかも死ぬわけではないのだ。それならば捧げちゃってもいいのかな。みんなの為に。


 ちくり、と胸が痛む。

 ジェネには知って欲しくないな、こんなエゴのような価値観など。

 『頼れ、甘えろ』と言われたが、もし何もかも頼っていたらきっと私は私でなくなるだろう。自分らしくいられる為に、ではどうするか?


 ―――― 大事にしてきた訳じゃなく、機会がなかっただけなんだけどね! 一度も体を…… どころか、キスだって初めてだったんですけどね!


 半ばやさぐれつつ、大きく息を吐き出した。


 ―――― 大好きになった人とするもんだと思ってたけど、相手のいるジェネには頼めない。ってか頼める内容じゃないよ! …… この際、女慣れしているハルに頼むべき? ハルなら見た目麗しく優しいから相手にとって申し分ない。一夜の恋として気持ちの面も盛り上げてくれるんじゃないかな。


 思考を巡らせる度にだんだん気持ちは沈んでいく。想い人でない相手と肌を重ねるなんて初めてな自分には辛すぎる。そうだ! お酒でも浴びるほど飲めば……?


 「…… その様な場所で何をなさっているのですか?」


 「へ? …… あ、きゃ!!」


 文字通り飛び上がって驚いた私は、声をかけてきた相手に慌てて礼をとる。


 「ははは初めまして! え、と、今日から王付きの侍女になりましたサーラと申します!」

 

 ラスメリナで仲良くなったサーラの名を偽名とするのは打ち合わせで決まっていたので、焦ってはいたがなんとか名乗る事ができた。


 「なかなか来ないから探すよう手配をするところでした。さあこちらにいらして? まずはその崩れた化粧を直しなさいな」


 ルネ、と名乗った女性は、冷たい声でそう告げた。



*****



 夜中に泣いて、さっきも泣いて。恋を知って私の涙腺は随分と脆くなったもんだな。

 洗面所に置いてある鏡に、自分の姿を見やる。涙で崩れた化粧を直し、同じく鏡の向こうからこちらを見る自分の顔に軽くコツンと拳を当てた。


 ―――― しっかりしろ、自分!


 鏡の前でパンッと両頬を軽く叩き、気合を入れなおした。…… そういや朝も同じ事したっけ。



 「あの、ありがとうございました」


 支度が終わり、外で待つルネに声をかけた。

 ルネは空色の髪をすっきりと纏めた、クールビューティー系の美人さんだ。銀縁眼鏡を掛けたらさぞ似合うことだろう。

 

 「ハルドラーダ様に頼まれたので仕方なく、です。…… まずはあなたが使う部屋に案内しますわ」


 うわ、嫌々だよこの人!


 にじみ出る不機嫌オーラを隠そうともせず、先にたって待機室に案内をする。

 私は元々の設定通り、十六歳の近衛騎士団の所属する男であり、王の様子を探るために女装して潜入してきた、という事になっている。

 侍女女官は女性しかいないため、偽とはいえ男がいるのは都合が悪いから一人部屋を用意してもらえた。これはとてもありがたい! 共同生活してたら私、いつボロだしちゃうか分からないしね。


 で、案内された先は……。


 「…… ここ、ですか?」


 「はい、元炊事場と言いますか、王族の為にお茶などお出しする為の場所でした」


 随分と埃が積もり、煤もこびりつき、鍋や食器が散在して…… ベッドがあった。

 なんだよこの無理矢理加減は!


 「凍死する時期でもありませんし、男性ですから寝られればどこでもよろしいでしょう? 余分な部屋などありませんので」


 私の困惑など全く意に介さずルネは「では次に行きますよ」と言う。


 「え、どこへですか?」


 目を丸くして聞き返す私に、あくまでも冷静にゆっくりと。



 「ディエマルティウス・アルディアント・レーン王の所です」



 ―――― も、もう一回言って? 覚えられないよっ!





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