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side ジェネシズ




 俺の目の前から、逃げるように走り去るウンノを見て、激しく自己嫌悪を抱く。



*****



 昨夜に続き、再び額に唇を落としたら止まらなくなった。次に触れた涙は恐ろしく甘美であり。

 ――つい自制がきかずに、奪うように重ねた唇。

 それは恐ろしい程に柔らかく、触れ合うだけで歓喜に背骨が打ち震えた。好きな女と唇を合わせただけで恍惚となる自分は、どこか壊れているのではないかと思えるほどに。


 掻き抱くその体は腕の中へ簡単に納まり、その華奢さに苦しくないよう力の加減をする。ウンノからほのかに匂う香草は煽るかの様に立ち上り、いっそ溺れていたいと願う。

 腹に当たる感触もいけない。柔らかく潰れた二つのそれは、弾力という存在感でますます離れがたくなってしまった。


 大体バッツが悪い。あいつがウンノの胸を突いたとき、俺は無意識に剣を抜こうと柄を握った所でハルに止められた。しかし殺気は抑えられず、七番隊の部下達は一様に顔を青くして震えていた。イル・メル・ジーンがバッツに制裁をする、と何故か嬉々としていたから任せ、俺は詰所を後にした。


 そっと瞼を開くと、ウンノの伏せられた目を縁取る綺麗な睫毛は微かに震えていた。しかし、もう涙は零れていない。

 もっと深く交わしたい欲求をどうにか掻き集めた理性で止め一瞬唇を離したが、欲深くもう一度掠めるように重ねてようやく離す事が出来た。


 「涙は止まったようだな」


 己の自制心が全く機能しない事を恥じていたので、それを隠すようにウンノの涙が止まった様子を口にのせた。

 泣いたのは、俺の為。俺があの貴族から受けた侮蔑もあらわな台詞をウンノが聞いて、まるで自分が言われたかのように泣いたのだ。


 気にするなと言っても、どこまでも人を思いやるこの娘は。


 ――心の底から、いとおしい。

 

 「ウンノ、俺を頼れ。俺に……甘えてくれ」


 人の為に尽くすのでもいい。しかし、俺という止まり木で休んで欲しい。心の底から願うその言葉に、ウンノは目を見開いて驚く。瞳は躊躇いを見せていたけれど、そっと何かを伝えるように揺れた。


 その時、およそ十年振りとなる日差しが空から降り注いだ。

 肌に刺すような光の刺激に呆然としていたら、ウンノが何かを見つけたようだ。指差す方に視線を巡らせも何も見えない。するとウンノは耳を彩る宝珠から精霊たちを呼び出して、確認を迫った。

 

 「光の、精霊?」


 ウンノは光と闇の精霊の力をまだ持っていない。小説とやらに書いていなかったのかと以前問うた。その返事は「リィンは最初から六大精霊と契約済みでしたから分からないんです」肝心な所を端折られていたと、悔しそうに話すのを思い出した。


 俺には見えない光の精霊と、挙動不審な動きをしながらも真剣にウンノは心での会話をしている……と思ったら、突如肌という肌を真っ赤に染めて激しく動揺をした。

 

 「ウンノ、どうした!? そんな顔赤くして」


 「キャー! そそそそんな無茶な! 無しで! それ無しの方向で!」


 視線も合わせず立ち上がり「じゃ、もうここでいいです! 行ってきます!」と、脱兎のごとく駆け出した。

 制止の声も聞かず、ルネが待つこの先の侍女用の小部屋へと一目散に。


 元々俺はこの先へは立ち入れないのだから予定通りともいえる。しかし暫く顔を合わせることが出来ないのだから俺としては至極残念な別れ方をした。


 結局、想いを言葉に乗せていないのだから。



*****



 詰所へ戻るとそこにイル・メル・ジーンの姿はなく、ロゥが気が遠くなる量の書類を次々とハルと運んでいた。

 どうやら俺の不在時によるしわ寄せが今になってやってきたようだ。書類仕事は上官になればなるほど増え、椅子に縛り付けられる時間が長くなる。

 剣をただ闇雲に鍛えていた頃を懐かしくなった。あの頃はハルを相手に一日中剣を振るったものだ。そうだ、少しでも時間を作って汗を流しに行こう。ようやくわが分身とも言える剣が戻り、腰に佩いているので久しぶりに剣術の稽古をしたいのだ。


 あまりの仕事量に少し現実から目を逸らして考え事をしていたら、ハルが茶を差し出した。


 「若、ウンノは無事ルネに引き渡せましたか?」


 「あ、ああ……」


 歯切れ悪く言う俺に、ハルは何か感じ取ったのか片眉を綺麗に上げた。


 「おや。まだ手出ししてなかったのですか? 幾度も機会などあるでしょうに」


 嘆かわしい、と首を振るハルに反論も出来ず「やかましい」と唸った。ロゥは何の事だか分からない、といった表情をしていたが、ハルが要らぬお節介を入れた。


 「ウンノは隊長の想い人だから、邪な思いを抱いてはならんぞ?」


 「お前みたいな四六時中常春と一緒にするな! ――え? 隊長の想い人?」


 「ああそうだ。そして私はそれを応援しているんだ。若についにお相手が……! しかし肝心のウンノは恋愛に関して鈍いな。ロゥよりマシだが」


 「煩い! 私を引き合いに出すな!」


 「……カケルが必要以上に男の手から守ったらしいから、手こずるだろうとイル・メル・ジーンにも言われた」


 口付けを交わしたまでは、ウンノは別段おかしな様子はなかった。しかし『甘えろ』と伝えたら態度が少し硬化したのを感じていた。


 「ウンノは、素直に若へ行きそうなのに、何で踏みとどまっているんですかね?」


 ハルは狙った相手は確実に落としてきているし落ちてくるので、その気持ちが全く分からないようだ。

 

 「あの、隊長。一つ確認しておきたいことがあるのですが、いいですか?」


 普段仕事以外のことに関して興味を示さないロゥが、珍しく口を挟んできた。


 「なんだ? 言ってみろ」


 「その……私達はもう当たり前すぎて別段おかしいとも思わないのですが……」


 言いよどむその言葉の先を待つ。


 「隊長、ウンノはイル・メル・ジーンが『男』だという事、知らないのですか?」


 「……」


 「……」


 俺とハルは、盲点をつかれた思いで絶句した。


 「そうか! ウンノは若とイル・メル・ジーンの仲を誤解しているのではないのですか!? だから意図的に踏み込まないよう壁を作っているとしか思えません」


 そう主張するハルに、俺もその線が強いと確信していた。イル・メル・ジーンは昔から趣味で女装をしているが、段々態度まで女性らしくなってきたのをこの城全員が黙認している。何故誰も言わないかというと、そこは『災厄』を恐れるあまり、というやつだ。

 俺を含め、城全体がイル・メル・ジーンを『そういうもの』と扱ってきたツケが回ってきたとしか思えない。


 早く誤解を解きたい。

 解いて思いを告げたい。


 しかし侍女に扮したウンノとの定期連絡は夜間と決めてある為に、それまで逸る気持ちを自制するのは最大限の努力が必要だ。


 「隊長……。この量の仕事を早く終わらせようと集中なさればいいのですよ?」


 普段から冷静沈着過ぎるロゥは、その気持ちを逸らしてやると言わんばかりに積みあがった書類を指し示した。


 ――――。


 とにかく仕事だ。仕事に逃げるぞ。





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