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トントンとドアをノックされる。
「いいか? 食事が届いた」
翔は「はいは~い」とドアまで行き、ジェネシズを迎え入れる。その背中を見た私は、日本のアパートで二人暮らしをしていた頃のままだなと思った。ラスメリナの人、本当に弟が王様でいいの?
「ねーちゃん、座って大丈夫ならコッチのテーブルに置くけど」
ふらつくようならベッドに持っていくよ? という翔に、私は大丈夫だと応えて、そっとベッドから降りた。日本で生まれ育った自分には、洋画のワンシーンのようにベッドで食べるだなんてとてもじゃないが受け入れられない。テーブルまで歩くと、ふわんふわんとした体が面白かった。何だろうこの感覚って。たとえて言うなら、地面に立てたバットに額をつけて、その場で三十回ぐるぐる回ってゴールまで競争する、あの感覚に似ているかもしれない。
とりあえず椅子に座ろうとしたら、ジェネシズさんが椅子を引いてくれた。スマートな流れで素直に受け入れたけど、一瞬後に気恥ずかしさがやってくる。
ありがとうと伝えながら腰を掛け、アレ? そういえば……と翔に尋ねた。
「ねえ? なんで私の言葉がジェネシズさんに通じてるの?」
一つも疑問に思わず日本語で会話をしていたけれど、ジェネシズさんは明らかに異世界の人だ。
そこで、あの小説の設定を思い出す。
あの物語での異世界召喚された人たちは、会話に至るまでには大体三パターンあって、最初から何故か通じる! というのと、一生懸命勉強して覚えるか、魔術師に何らかの術を掛けてもらうというものだった。
今の私は一番目の最初から、というのに当てはまる。
「ああ、そのことねー」
さして重要な話でもないといった口調で、翔は私の向かいに座り、流れる手つきでお茶を注ぐ。
「まあジェネも座りなよ。説明二度手間になるのメンドクサイしー」
翔は三つのカップに淹れたお茶を、それぞれの目の前に配る。
ジェネシズさんは少し躊躇ったあと椅子に座った。多分翔がいう二度手間に気を使い、この場にいた方が良いと判断したからであろう。
私もちょっとジェネシズさんに興味あったし。
顔の造形もさることながら、体つきが最高に好みである。鍛え上げられた体なのに、ガッツリモリモリした観賞用の筋肉ではなく、実用的に付いているしなやかな筋肉だ。
こんな筋肉筋肉言ってると、実は筋肉フェチかと危ない扉が開いてしまいそうになり、慌てて目をそらす。
ここは一つ気を取り直して、翔の淹れてくれたお茶を飲もう。
翔の淹れる茶はいい加減に淹れてるように見えるけれど、何故かとても美味しい。
味わいながらも、私は自分の味覚が少し混乱をしてきた。だって、茶葉らしきものは私が知っている物とは少し違った色をしていたし、そもそも色だって違う。でも、紅茶の味がするのだ。じゃあ紅茶なのかなと思うけれど、でも見たことがないもので……自分の感覚をどこまで信じたらいいのか、わからなくなってきた。
「さて、と。何から言おっかな~」
天井を見上げながら、翔は頭の中を整理しているようだった。
「じゃ、まず言葉についてからね。こっちの世界とあっちの世界へ通じるときに、ありとあらゆる物質ってもんはその世界に合った物へと、なんらかのフィルターを通して再構成されるみたいなんだ。分かりやすく言えば、コッチの世界って変わった色の髪の毛があったリするんだよ? どピンクとかー、緑色とかー」
「……アニメみたい」
「まあそうだね。でもさ、そんな色の人が僕たちの世界にはいないだろ? コッチからアッチへ行くとなったら多分どピンクの人は、日本だったら日本らしく黒髪へと再構成される。言葉も一緒で、日本語がディスカバラント語に再構成。この紅茶っぽい物も、ディスカバラントにしたら紅茶ではなく別物なんだ。僕が「紅茶」と言ったら、その物質に当てはまる物に脳内変換されて伝わり、これが出てくる。……大体分かった?」
「……なんとなく」
理解は出来ないけど、なんとなく「そーゆーもんだ」って事が分かったかな。
いいよ、通じるなら。
「今も移動酔い少しあるだろうけど、それも再構成された後遺症っていうかー。明日には治ると思うから安心してね」
それだけ言うと、翔はカップを持ち上げて一気に紅茶をゴクゴク飲み干した。