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 冷たいと感じたそれは一瞬の内に熱を持ち、震えるほどの歓喜と、締め付けられるほどの胸の痛みを覚えた。

 微かに湿り気を感じるのは私の涙。そのせいか、柔らかさや温かさの感触がより鮮明になって伝わる。

 唇が重なる事により、頬が……目が鼻が額が。距離が触れ合わんばかりに近くなる。

 すべてが一体となる様なその心地よさへ溺れたい欲求に駆られる。


 私を。私を見て欲しい。

 『私を』愛して欲しい。


 叶わぬ思いと知りながら願う自分とはなんと欲深いものか。

 そ、と離された唇は、更にもう一度軽くついばむ様なキスをした後やっと離された。


 「涙は止まったようだな」


 ジェネはそう言うと、再び私を引き寄せ抱き締めた。

 ぽてりと私の頭に頬を寄せて、いつもの低くて耳障りの良い声で私に話す。


 「ありがとうウンノ、俺の為に泣いてくれて。俺は言われ慣れてるし、今では近衛騎士団に居場所があるからもう何とも感じないんだ。大丈夫。だから、ありがとう」


 ――それでも傷付かない訳じゃない。負の感情は触れるだけで火傷をするようなものだ。かさぶたの上にかさぶたを重ねるだけで、本当の傷は治っているのではないのだから。

 

 唇に残るほんの少しの塩気を感じながら、たどたどしく紡ぐ自分の声は、酷く掠れていた。

 

 「……お前はいつも人の為ばかりに心を砕くんだな」

 

 溜息と共に零される言葉は熱っぽさと優しさを含み、私の胸の中で一番敏感な部分をぞわりと撫で上げた。

 

 「人の役に立つ事が何よりも嬉しいんだろうが、人に心を砕くお前は、一体いつ休まるんだ?」


 どうして、ジェネは私の事を見ているのだろう。確かに私は人の役に立つのが好きだ。幼い頃から母と翔の為に家事をして。お姉ちゃんだからしっかりしなきゃ! 私がいなければ皆が困る! と、張り切っていた。頼られれば俄然燃えたし、やりがいを感じた。

 ……逆に言えば、私は人の為に尽くして自分の居場所を作ろうとしていたのかもしれない。何か突出して出来る能力がある訳でもない何より自分の為に、人の世話を。

 人の役に立つ、なんて聞こえのいい事言って、実の所エゴイズムの塊ではないのか。


 抱き締める腕の強さが増して、少し苦しい。だけど体の苦しさよりも、ひどく心が苦しい。


 「ウンノ、俺を頼れ。俺に……甘えてくれ」


 搾り出すように紡がれる言葉はまるで懇願されているかの様に聞こえた。

 甘える? 甘えていいの? ――けれど……。


 その時、サアッと明るい光が降り注がれた。


 「え?」「なっ?!」


 太陽の、光!?


 この国でありえない現象に、二人して思わず天を見上げた。そこには真っ青な空の色と三つの光る球体が見えた。

 球体の光が出るなんてこの王都では十年近くないと聞いていたので驚いていると、徐々に天から降りてくるものが見えた――何?


 「ジェネ、何か来る……!」


 「何かとは? 俺には見えないが」


 ジェネに見えない?

 ようやく姿が分かるまで近づくそれは、子供の姿。まさか……精霊?

 しかし焔達が五歳位の大きさとするとそれは三歳程の大きさでしかなく、そして輪郭がぼやけている。精霊ならば判るかと、宝珠からみんなを呼び出した。

 

 「あれは何?」


 「姫さん、あいつは光の精霊だぜ?」


 「ひめさまー! やったー!」


 「光の、精霊?」


 呟く私に、ジェネは「光の精霊がいる……。それで日の光が出たのか」と眩しそうに目を細めた。

 少し離れた場所に地上から浮いた形でこちらを見る精霊は、幼い姿をしていても恐ろしいほどの力を感じる。そっと口を開き私に心話で語りかけてきた。


 (精霊の新しいお姫様ですね? 私は光を司る精霊です。歓喜の心を感じこうして姿を取れるまでになりました。しかし……。まだ足りません)


 足りない? 何が足りないのかしら? 不思議に思っていると、飛沫が補足してくれた。


 「姫君、光と闇の精霊は正と負、陰と陽でもあるんです。闇は陰の気を持ち、憎しみ、死など心に刻まれればおのずと居場所が知れます。光は陽の気を持ち……生命、喜び、愛情などを体験していれば具現するでしょう」


 「光が言う足りないとは、まだ私に足りない感情があるって事よね?」


 (ええ、そうですお姫様。殆どの感情はつい先程ひとかけらを頂きました。異性に対する愛情です)


 「ちょっ!!」


 うろたえる私にジェネは不思議そうに私の顔を見る。ああそうか、光の子は契約していないから、ジェネに姿を見せるようお願い出来ない為、姿も声も見えていないのか。ああ良かった。


 (あと一つ……繋がる喜び)


 「?」


 (お姫様、まだ生娘ですよね?)


 「……っ!」


 そ、そういう事なのー!? いやいやいやいや無理無理無理無理!!


 「ウンノ、どうした!? そんな顔赤くして」


 「キャー! そそそそんな無茶な! 無しで! それ無しの方向で!」


 上から覗かれた途端猛烈に恥ずかしくなって混乱して。

 ジェネの回された手を解き、すくりと立ち上がって「じゃ、もうここでいいです! 行ってきます!」と、勢いよくジェネに向かってお辞儀をし、一目散に走り出した。

 後ろからジェネの声が聞こえたけど、今私に振り向く余裕はありません!


 とにかく、仕事! 仕事に逃げよう!!



 




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