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「あの~、私に何か怒ってますか?」
女官であるルネとの待ち合わせ場所へ向かう最中の私とジェネだったけど、どうにもジェネの雰囲気が怖い。確かに朝会った時は私がよそよそしくしちゃったけど、他にもなにかやらかしちゃったかな?!
おそるおそる窺うと、ジェネはハッと気付いたように視線を向けた。
「ああすまん。いや……ウンノにではなく。それよりも大丈夫か? これから一人になるが」
ん? 逸らされた?
「大丈夫です。ちゃんと精霊達も守ってくれるって言ってますし、ほらっ」
さっと、携帯電話を取り出してジェネに見せた。
「すぐに声、聞けますから。いつも持ってて下さいね?」
声くらいは許されるかな、独り占めしても。乙女趣味みたいでもいいよね?
ジェネとのホットライン。それだけで充分だ。
*****
暫く回廊を幾度か曲がったり登ったりで王の私室まであと少し、という所に身体検査を受ける場所があった。ここは近衛騎士団一番隊が専門に行う。ジェネが連れているという事で隊の検査自体はなかったが、一番隊と共に控えている責任者、という肩書きの貴族が、のそり、と出てきた。
「おや、これはこれはジェネシズ殿ではありませんか。このような所で一体何を? 本来なら、あなたの様な卑しい女の腹から生まれた者が立ち入れる場所ではないのですがね」
――――ナニコイツ。
丸々太った体を豪奢な衣装で纏い、弛んだ顎は首を覆っていた。顔はいやらしく歪み、睨め付けるその目はとにかく――――汚い!
「王付きの新人侍女を女官長へと届けに来ただけです。すぐに立ち去りますので」
ジェネは何も感じていないように、キチンと礼をとり先へ急ごうとした。が、男が更に言葉で責め立てる。
「まさか……王にお会いしようなどとは思われてはおらぬでしょうな? 勘違いなされてもらっては困ります」
大きなお腹を揺すって、何が可笑しいのかさっぱり分からないけど粘つく笑いで続ける。
「あなたはたまたま先王の御子として妾出された、奇跡のような幸運に恵まれだけの只人。神に選ばれ精霊達に祝福されお生まれになった血筋正しい王とは、お立場が余りにも違う事をご理解頂きたいものです。お早くその泥臭いお体で、血生臭い戦いの場へとお戻りになられたら如何か」
「……失礼します」
ジェネは再び綺麗過ぎる礼をとり、私の手を引いてその場を立ち去った。
*****
なんなの? なんなのアイツ!
余りの怒りに目の前が真っ赤になり、視界が歪む。涙腺はとうに決壊していたが、私はジェネの背に隠され見えない位置にいたため、見咎められることはなかった。
嗚咽する私に、ジェネは暫く歩いた先の王族専用らしい庭に入り、人目のつかないような場所にあるベンチで私を落ち着かせてくれようとした。
そっと座らせてくれ、私をいたわる様に、頭を撫でてくれる。
「すまない、ウンノ。俺は慣れているが、お前に聞かせる内容ではなかった」
なんで、ジェネが、謝るの!!
くやしい、くやしい、あんな好き放題言わせるの! ジェネの何を知っているというの? 好きでその立場に生まれたわけじゃないし、王位継承権放棄して地方に行ったのに、弟を守る為にわざわざ一般試験受けて騎士になったんだよね!?
あんな事言われて平気な訳ないでしょう!
燃える様な怒りに、全く立場が反対だと思いながらもジェネに当たった。
幾分困った顔を見せていたジェネだったけど、私の視界が突然暗くなった。
――いや、違う。
ジェネの胸に引き寄せられたんだ。
ぎゅう、と頭は優しく包まれ、腰は強く引かれ。
耳に当たる厚い胸板から聞こえる規則正しい心音と撫でる大きな手の温かさに、ほっと尖った心が解れていくけど、涙腺は未だに壊れたままでだばだばと流れ止まらない。
怒りの思考は一旦停止していて、全く関係ない事を気にしてしまう。
あああ、どうやったら涙って止まるんだっけ? ジェネの服濡らしちゃってごめんなさい!
「……ウンノ?」
上から呼びかける声に、ふと見上げると。
私と視線を合わせたジェネは、場違いなほど嬉しそうに笑って見せた。
「泣くな、ウンノ。いい子だから、泣くな」
大きな手の平が両頬に下りてきて、ざらついた太い親指が私の目尻から流れる涙を拭う。
そして少し冷たい、かさついた唇を額に落とされ、両眦に溜まった涙を、ちゅ、と音を立てて吸われ。
そのままその唇は、私のそれへと重なった。
あまりのことに固まった私は、涙があっさりと止まり、破裂しそうな心臓を押さえるのに必死になった。
駄目なのに。
駄目なのに、どうして。
――――うれしいと思ってしまうの?




