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1 初恋と失恋と混乱




 バクバクバクバク……。


 暴れまくる心臓を片手で押さえ、閉めた扉を背にズルズル力なく崩れ落ちる。

 

 ――なに!?


 もう片方の手は額に当てたままだ。熱を持つその箇所は、先程ジェネに……キ、キスをされた場所!

 少しかさついたその唇はほんの少し冷たく、しかし触れた一瞬で火傷しそうに熱くなった。何をされたか理解した瞬間まともにジェネの顔が見られなくて扉の向こうへと逃げたのだ。

 ぎこちなくお休みの挨拶をして、少し時間を置いてジェネが出て行く足音が聞こえた途端、どっと力が抜けた。まさに初めての体験で思考が追いつかない。


 (ひめさまー、どうしたのー)


 (ちょ、姫さん! 落ち着けよっ)


 (大分混乱なさってますね……)


 精霊達が不安そうに声をかけてくるが、今の私に穏やかになれと言う方が無茶だ。


 『今度は―――俺だけに作って欲しいな』


 どういう意味を持つのか。

 『俺だけ』とは……ジェネの為だけに?

 その後頭を撫でられたけど、ハルとは違ってやけにしっくりと気持ちが嵌る。たとえ剣を握る者の同じ様な厚い手の平の感触でも、人が違うと感じ方が全く違った。


 深い海の底の色をした目が近づいてきたと思ったら、そっと額に落とされる唇。

 

 そこまで思い出したらまた分からない衝動が湧き上がって、居ても立ってもいられずにとにかく着ている服を乱暴に脱ぎ捨てて寝巻きに着替え、ベッドに飛び込んだ。

 掛布団を頭から被って、さっさと寝てしまおうと思ったけど心臓の心拍数が高すぎて寝られない。

 幾度か寝返りというか、ゴロゴロ転がってみたものの、ジェネのあの瞳が浮かんでは消えて眠気はちっともやってこない。

 

 バッツと二人で「お兄さんみたい」と言ったけど、兄相手にこんな動揺するものだろうか?

 少なくとも弟である翔には、この様に感情乱されることは一つもない。兄……兄というならば、ジェネよりもハルの方が兄らしい。


 じゃあ、ジェネって? ジェネって私にとってどんな存在?

 翔により召喚されたこの異世界で、翔に次いで最も頼りになる存在。守ってくれると誓ってくれた騎士。見事な体躯をその黒い服の下に潜め、支えてくれた腕はどこまでも逞しく。

 囁く低い声は心地よく背中を痺れさせ、無骨な手は甘くて優しい。

 なにより。

 あの深い海の底の色をした眼差しは蕩けるようで、普段無表情なくせにふわりと笑顔を見せてくれるその表情は堪らなく感情を乱される。


 ようやく、私は理解した(・・・・)

 

 この感情を言葉にたとえるなら。――――好き。


 恋愛経験ゼロの私は、このような感情を持つのは初めての事であり、そのきゅうっとなる気持ちに名前があるだなんて正直分からなかった。

 この気持ちを認めてしまうのがとても怖い。無意識に蓋をしていたけど、限界だったのか。


 もっと撫でて欲しい、もっと笑って欲しい、もっと……私を見て欲しい。


 気付いた途端欲深くなる自分が、なにやら可笑しい。

 でも、心の片隅から徐々に冷えてくる。

 

 ジェネにとって私とは、翔が『貸し』で頼んだ護衛対象。貸しさえなかったら、こんなお荷物な私など相手にしなかっただろう。

 何より。

 イル・メル・ジーンという女性がジェネの傍らに寄り添っている。

 ピタリと当てはまるその絵姿のような美しい一対は完成されており、私なんてとても入る余地は無い。


 ――初恋と失恋、同時に経験しちゃったな。


 自覚した途端実る事の無い不毛な感情のやり場は、じわりと浮かぶ涙で流れていった。




*****




 ――トントン。


 ノックの音で、ノロノロと私は顔を上げた。しかし慌てて扉の向こうに声を掛ける。


 「はいっ! すみません着替えてる所なので待ってて下さい!」


 「わかった」


 こういえばジェネは入ってこないだろう。

 昨夜は全く眠れず、明け方にウトウトした位なので酷い顔をしているに違いない。

 その上子供みたいに泣いてしまい、翌日のことを考えてペパーミントで作った水に浸したお絞りで目元を冷やして置いたけど、腫れが引いているかどうか分からない。


 泣きながら考えたんだけど。

 私は私の出来ることをして、役目を終えたら自分の世界へ帰るのだ。

 元々私はこの世界に居ない人間なので、居なくなった所で問題は全く無い。

 せめて、せめてジェネの役に立ってから帰ろう、と。


 そう決めたんだから、仕事としてきっちりこなそう。


 鏡の前でパンッと両頬を軽く叩き、気合を入れなおした。


 ――おし、出陣!





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