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side ジェネシズ



 翌朝王の下へ上がるウンノの為、荒れた室内に無理やり座る空間をあけて関連書類を広げ、宮廷魔術師であるイル・メル・ジーンの手を借りて話を詰めていく。

 

 そもそも侍女として派遣できるには訳があり、王の癇癪や宰相の気に入らぬ者は即辞めていくからだ。

 最初の内は、王の下で侍女仕事が出来るからと貴族の子女にとても人気があったが、噂が広まるにつれ段々と人も集まらなくなり、今では無理に召し上げるのもよくあると聞いた。


 弟とはいえ母親は身分違いであり王位継承権も降りた自分には、式典の末席に参内する時のみ同じ空間に存在するだけだ。

 自ら招いた結果ではあるが、それでも出来ることをやっていくしかない。


 「ねえ、あのお嬢さんって本当にカケルの姉よね?」


 ゆっくりと足を組み替えながら優雅に椅子へ腰掛けるイル・メル・ジーンは問う。こいつはなんでこんな荒れた部屋であるのに、自分の部屋の様に寛いでいられるのだろうか。


 「双子の姉だと本人から聞いているし、カケルからも言われたぞ?」


 「双子、というのには間違いないでしょうけど……なんていうか、気配が違うのよ」


 「違う、とは?」


 「んー、上手く言えないわ。基本的な部分は確かに同じよ? だけど何かがウンノちゃんの気配に上乗せされてる感じ」


 分からないと頭を捻るイル・メル・ジーンに、俺は思い当たる事があり押し黙る。


 ――当代の精霊姫。


 こいつ程の力を持つ者なら、「怪しむ」位はするだろうなと分かっていた。

 でも、黙る。黙っている。

 こいつに知れたが最後、馬車馬の様にこき使われて、精根尽き果てた所でようやく開放されることは容易に想像できるからだ。


 「まあいいわ。またカケルの所に行って問い質してやるから。そういえば知ってる? カケルは今コッソリ王城を抜け出してるのよ?」


 「知らないな。だがあいつ程『密かに・穏やかに・忍びやかに』が似合わぬ男も居ないという事は知っている」


 コロコロと鈴の鳴るような声でひとしきり同意の笑い声を出すと、にんまりと含みを持たせた唇に言葉をのせる。


 「四大古竜の最後の難関、最も好戦的な火竜の『試し』に向かったそうよ? ふふっ、見てみたいわよね~『試し』の様子。一対一でないと契約出来ないし、見学すらさせてもらえないのよね」


 「残念だわ~」と呟くが俺は愕然とした。カケルと別れる時もそんな素振りは一つもなかった。確かに俺が居た所で何も出来ないのは分かっているが、相手は竜族最強の火竜である。

 双子の姉がここにいるが、無事に戻る便りが来てからで伝えた方がいいだろう。ウンノも任務を控える身であり、余分な心配事を抱えたまま行かせる訳にはいかない。


 「カケルなら上手くやるさ。あいつはそれだけの力があるからな。俺達は無事を祈るだけだ。イル・メル・ジーン、戻ったら教えてくれ」

 

 手に取った数枚の書類の不備を直しながらそう頼むと「そういえばね?」と身を乗り出した。


 「ジェネ? あなたウンノちゃんに随分優しいみたいじゃない? カケルからの刷り込みとは言え、あの熱い視線はないわ~」


 意地の悪い視線を向けながら笑い零れる。


 「うるさい。カケルから護衛を頼まれたから傍にいるだけだ」


 「またまた~! 私には判るのよ? 長年だてに付き合ってないわよ。幼馴染じゃない」


 「その言葉腐れ縁と書き換えろ!」


 「で? あの子のどういう所が好きなわけ? やっぱりカケルの言う『ねーちゃん』そのままの所?」


 ――こいつ、聞いてない!


 俺は早々に諦めた。反論したって無駄なことは骨身に沁みている。知られたのは痛恨だが、否定した所でしつこい追求が待っているだけだ。

 

 無言を肯定と受け取ったのか、ふうんと椅子から立ち上がり書類の不備を直した箇所を確認する。


 「私は応援するわよ? やっとあなたが心動かすひとが現れたんですもの。……ふふっ、でも相当苦労しそうだわ、ジェネ?」


 俺は手に持つ丸く潰れた羽ペンの先を短刀で削りながら、その言葉の先を待つ。


 「カケルから聞いた事あるのよ。『ねーちゃんに手を出しそうな不埒な輩は片っ端からぶっとばした!』ってね。わかる? 出しそうな、よ? その程度で潰されたら堪んないわよね~うふふ」


 その先を思うに、恐らくウンノに近寄る者はことごとくカケルに潰されて、それを乗り越えてまで姉に言い寄る強者は居なかったのだろう。


 「彼女元々恋愛に興味が無かった様だし、それ以上に予防線引かれちゃうと相当奥手に仕上がるわよ? カケルも罪な事してくれたわね。頑張って攻略なさい?」


 優美な動きで完成した書類を摘み上げ「また来るわ~。彼女によろしく」としなを作りながら扉の向こうに消えた。

 完璧なる美女ではあるが俺は全く興味が無く、むしろ見た目に騙される男達を不憫に思う。


 ――『災厄』でもあり……。


 ふ、と机に置かれた書類の文字を目で追うと、鬱陶しかった前髪が掛からない事に気付く。今朝方ウンノが丁寧に髪を切ってくれ、とてもさっぱりした。その時の様子が蘇る。


 彼女が「自分の髪を切る」と言い出した事に、自分でも制御できぬ程混乱した。真っ直ぐに背中の半ばまで伸ばされた、黒く美しい髪。指に絡めると、するりするりと逃げ出す漆黒の極上な絹糸。

 精霊の宝珠を隠す為だとはいえ、そんな簡単に切るとか言い出す姿に不機嫌さは隠し切れず、衝動的に引き寄せ纏めていた髪を解き、彼女の頭に頬を寄せたら彼女を慌てさせてしまった。


 「長髪の男もいると言っただろう? このままでいい。俺はこの方が好きだ」


 髪を下ろしているウンノが、好きだ。


 言葉には乗せない部分をそっと心で呟き、髪を指でくしけずる。

 彼女は顔を真っ赤にして硬直していたが、大きく深呼吸を数回した後に俺を見上げた。


 「じゃ、見えないように下ろしたままにしますね。あの……そろそろ行きましょうか?」


 「……そうだな」


 確かに、団長の所へ向かわねばならない。反対する理由も無い。

 しかし。

 どうしてこう、鈍いのか。


 せめてもの意趣返しとして頭頂部に可愛らしく渦を巻くつむじへ、軽く唇を落とした。






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