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 詰所の中にあるこの部屋は、やはり書類などが積まれた魔窟その二な感じだったけど、流石に執務室よりは人間らしく活動できそうな空間だった。

 中央にテーブルが置かれて、十人ほどは腰掛けられるように椅子がそれぞれ並べてある。テーブルの上にもいくつか書類があったようだが、荒っぽくざっとテーブルの端に寄せ、片側はすっきりとなっていた。

 ジェネとイル・メル・ジーンが向かい合わせに座っており、ロゥがイル・メル・ジーンの隣へ、ハルは私をジェネの隣に座るように促して、自身は私の隣へと座った。

 顔を上げ、そっと向かいを窺うと弧を美しく描いた唇が動く。


 「初めまして? 私がイル・メル・ジーンよ。お姉さまとお呼びなさい」


 妖艶な微笑をたたえながら私に挨拶をするので、私は立ち上がって「よろしくお願いします、お姉さま」と斜め四十五度の最敬礼となる正確なお辞儀をした。逆らわない、逆らわない。


 よく出来ましたとばかりに笑ってるけど、隣の部屋の惨状を築いたのはこの人だ。逆に笑顔が怖いよ!


 「イル・メル・ジーン、その危険な目線は止めろ。さてここに居る者には情報の共有を行う。まずはウンノの事だな。ウンノはあのカケルの双子の姉なのだが……」


 「「ええっ!!」」


 同時に二つの声が上がった。ハルとロゥだ。


 「若! ウンノはカケル殿の姉君なのですかっ!?」


 「隊長! あ、あの……女性だったのですか? ウンノは!」


 「ああそうだ。本当にお前達は得意分野が違うんだな」


 少々呆れた声で肯定すると、二人とも唸った。


 「それでは……ウンノは『女性だけど男性の振りをして従者となり、女っぽさを誤魔化す為に”隊長の従者やって給料を貯めるのは女になりたい願望がある男”とする、祖母と二人暮らしで貧乏だったイル・メル・ジーンの非公式の弟』という対外的な設定はこのままで?」


 「あらー、あなた複雑かつ面倒な設定組んだわねぇ」


 ハルが指折り設定を数え、それをお姉さまが目を丸くして可笑しそうにコロコロと笑う。


 ――その他に、色気を勉強するちょっとお腹の緩い子っていうイタい設定もあるけどね!

 そこは言う必要もないから黙っておく。


 「私の傍も七番隊も、女性が付くには無理がある。乱暴な設定だが目を瞑れ。イル・メル・ジーンの弟と言えば誰も何も言わないからその点は安心していいだろう」


 お姉さまは片眉を綺麗に上げて非難の目を向けたが、ジェネは気にするそぶりもなく続けた。


 「それでこれからの話だが。王が最近姿を見せないという話はロゥ、聞いているか?」


 「はい、隊長達が出立して直ぐの話です。朝議、謁見、『精霊殿』への祈りの儀式……まったく姿を見せなくなりました。団長が拝謁を望みましたが体調が優れないと断られ、未だ様子が分かりません」


 「先程団長にお会いしたが、毎日の様に拝謁を申し入れても会うことは敵わないと言われた。王の周辺で何が起こっているのか調べる為に、このウンノが侍女となり潜入する事になった。

 そこでお前達には後方支援をしてもらう。団長を身元保証人とするには宰相側にいらぬ疑念を抱かれかねないので、ロゥがそこを手配しろ。ハルは……懇意にしている女官がいるだろう? 手回ししておけ。イル・メル・ジーンは先程聞いた報告の中から精査する。この後に執務室へ行き、話を詰めるぞ」


 さすが隊長というだけあり、淀みなくそれぞれに役割を振る姿は堂に入ったものだ。

 ただ、今の私は素直に見られない。隣に座っているのに、一番遠くに居るかのような錯覚を覚えていた。ここに来るまでの旅では殆ど一緒に過ごしていて身近な存在だったのに、一気に差が広がった。なによりも向かいに座るお姉さまの存在が、つきんと痛い。

 

 項垂れたままの私にハルがなにか言いかけていたけど「なんでもないです」と笑って言葉を引っ込めた。


 「全て動くのは明朝。それまでに準備を終えておけ。そしてこの件は団長以下ここにいる顔ぶれのみとする。なにか質問があれば、その都度訊け。――では解散!」


 ジェネの一言でロゥとハルだけが「はっ!」と左胸に右手の平を当てて礼を取った後出て行き、お姉さまは大きな胸をこれ見よがしに組んだ腕の上に乗せて「じゃあ、執務室に先行ってるわね~」と嫣然とした笑みを浮かべ、「早く来なさいよ?」とジェネの頬にキスを落として出て行った。


 「……それで、私は明日の朝まで何かすることありませんか?」

 

 今の姿を見なかったことにしよう、見なかったことに! と、動揺する気持ちを抑えて予定を訊く。


 「そうだな、引き続き王の様子を観察する事と……出来ればウンノの料理が食べたい」


 「料理、ですか?」


 ここに来てまで、私の料理?

 突然言われた事にきょとんとしてしまったが、一応の了承をする。

 

 「そりゃ作るのは構いませんが……いいんですか? 私の料理なんかで」


 ジェネは椅子に座ったまま体をこちらに向け、「勿論だ」と頷く。


 「ウンノの料理をカケル達といた時からずっと食べているが、本当に美味い。――もう他の料理が食べたくない程にな。頼んでもいいか?」


 じっと私を見つめてそんな事を言われると、舞い上がりそうに嬉しい反面、どこか居心地の悪さを感じていた。なんとか逃げ出したくて……。


 「分かりました! では厨房お借り出来るようお願いできますか?」


 と勤めて明るく言い、ジェネは「分かった。よろしく頼む」と立ち上がり部屋を出ようとして。



 

 「――あ」




 つい。


 つい、私はジェネの袖口を捕まえた。

 

 行ってしまう! 私を置いて、あの人の所へ……と思ったら、咄嗟に手が出てジェネを掴んでいた。 

 自分の行動に驚きながら、慌てて手を離して「なんでもありません」と誤魔化した。

 一瞬ジェネの深い海の瞳が複雑な感情を映したが、私の頭を軽くポンポンと二回叩いた後ひと撫でした。


 「厨房に行くときはハルを連れて行け。もうじき戻るだろうから、それまで詰所に待機だ」


 ふわり、と笑い今度こそ部屋を出て行った。


 撫でられた頭をくしゃりと指で触ると、まだそこにジェネの体温が残っている気がする。

 無骨で、剣ダコ出来ていて、すこしザラッとするのに優しい大きな手。

 撫でられたのは嬉しいくせに、泣きたくなるのは何故だろう。


 自分の情緒が不安定なのに戸惑いを覚える。






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