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ジェネに案内され重厚な扉を開くと、意外にも質素な部屋だった。
飾り気の無い応接セットと窓側に机とテーブル。本棚。華美な物が嫌いだったな、と本の内容を思い出しながら納得していると、視界の端から夢にまで見た憧れの騎士が歩いてきた。
「あなたがカケルの姉君か! お初にお目にかかる。私はレーン王国近衛騎士団団長を任されているアルゼル・クランベルグだ」
「あ、ああ! 初めまして。私はウンノ……海野翔子と言います。翔がお世話になりました」
緊張からぎこちなく返事をし、ぺこりとお辞儀をした。
初めて会うのに何故か既視感を覚えたが、映画化された時の俳優に似ているせいかな? と流す。
それよりも、あの英雄が目の前にいるというだけで興奮しちゃうね! この手でリィンの危機を救ったんだよなーとか、あの時肩に負った傷は大丈夫かな、とか。
小説の内容と挿絵では偉丈夫で朴訥とした人柄だったけど、今目の前にいる人はとても素敵に年齢を重ねた六十手前位? の、ロマンスグレーのナイスミドルだ。
ぽぉっと見続ける私に団長は優しくソファに誘導してくれた。うわーエスコートされちゃった!
「ふふ、姉君は可愛らしくあられる。カケルは賑々しいから双子といえども違いが分かるものだな」
「あわわ、翔が色々やらかしたみたいで……すみませんでした」
慌てて頭を下げる私に、団長は「いや、楽しませてもらったよ」とクククと笑った。
私の隣にジェネも座り、団長は正面に腰を下ろす。
「概要はジェネシズより聞いている。レーン王の下へ、ラスメリナ王としてのカケルから書状を届ける、と」
それで合っているか? とこちらを見る団長に、こくりと頷いて肯定する。
「国境付近で怪しい動きがある、と翔は言ってました。多分……ですが、翔は戦争は避けたいんです。面倒な国家間のやり取りをすっ飛ばしてレーン王と連絡を直接取り、早急に事の収拾を図りたいんじゃないかな……想像でしかないんですけど」
言いながら、翔なら「めんどくせーから王と話つけちゃおう!」なんて思ったんだろうなと検討をつけていた。戦争なんて、結局良かったと思えることなどない。上に立つ者だけの私利私欲の為に、全く興味のカケラもない平々凡々と暮らしている下々の者が煽りを食らって、徴兵されたり食料取り上げられたり。
国同士のやり取りとして、使者立てて往復させるのも時間の無駄だし、その度に会議だなんだと遅くなる。余計な事取っ払ってしまおうという考えは、私ももっともだと思う。
その考えを告げると、団長は思慮深い目をしながら「しかしな」と切り出す。
「姉君……いや、ウンノ、と呼ぶことにするか。ウンノはこの国の王の事は?」
「はい、在位二年目の――ジェネの弟だと言うことは聞いております」
ちらりとジェネを窺いながら答える。「あと、傀儡政権だと言われている事も……」
言い淀みながらも知りえた情報を伝えると、団長は立ち上がって窓際まで歩み、外の景色を眺め見た。
憂い顔に見えるその表情になんと声を掛けたらいいか分からず、じっと黙った。
「団長、この話はラスメリナ城下でも噂になっています。我が国の内情がここまで漏洩するのは明らかに情報統制が取れていない証拠。その上……食料調達も輸入頼り。天候を左右する精霊が荒れ狂うのは玉座の安定がなされておらず、それはつまり王の統治が機能していないんだと諸国に知らしめているようなものです」
ジェネが団長に自分自身確認するかのように語った。無表情に見えるその顔だけど、目は悔しそうに鈍く光っていて。ああ、ジェネは弟の事が好きなんだな、心配なんだな、と伝わった。
でもなんで王がそこまでグラついているんだろう? 十六歳とはいえ統治二年目。頼る大人も沢山いるだろうし、団長だって支えてくれるのにね?
王のことで不思議がる私を余所に、ジェネは団長に諸国から見たレーンの状況を伝えていた。
ふ、と風が頬を撫でた。ん??
(ひめさまー、ぼくだよ、はやてー)
(うわっ! お帰り疾風!ありがとう。そうそう、王の様子を見てきてくれたんだよね? ナイスタイミング! それでどうだった?)
(うーん……ちょっとねー、けっかいがはってあって、なかなかはいれなかったの)
(結界?!)
(そうそう。おうのそばには せいれいつかいがいて、やなちからで ぼくをはじくんだよー)
(……王は精霊使いの結界に閉じ込められてるということ?)
(ということー。そとからはいれないし、なかからでられないの)
(わかった。他に何か気づいたことは?)
(うーん……あのおうさま、さいきんなにもたべてないから、しんじゃうかも?)




