side ジェネシズ
朝になり、身支度を整えた後ウンノを迎えに行く。荒れた執務室を通り抜け、小部屋へ続く扉を敲いたが応答がない。何度敲いても動く気配がないのを不審に思い、扉を押すと『開いた』。
……鍵が閉まっていないではないか。
無用心さに眉を顰めながら寝台を見ると、丁度ウンノが起きた所だった。
「あー、じぇねー、おはよーございますー」
なんとも寝起きの、気が抜けた挨拶をしてきた。いつもきびきびとした声を出す事が常だったので、その無防備な声だけで打ち負かされてしまう。姿を見たら……そちらも無防備に薄手の布一枚だけの、しっかりと女性と分かる豊かな双丘が目に焼きついた。
――ひょっとして試されているのか?
煽られてるとしか思えないその扇情的な姿は、容易く自制心を乗り越えそうだった。大体女性という物は肌を隠すべしと教えられているので、日常的に見る衣装は幾重にも重ねられた装飾華美なドレスだ。
――子供か、俺は! 女の体など充分見知っているのに、好きな女というだけでこうも目を奪われてしまうとは、過去の自身がいまの俺を見たら嘲笑しただろう。
慌てて目を逸らすとウンノも気付き、隠した。
ようやく目線を戻せるようになり、鍵の件を問うと知らなかったという。ハルはわざと教えなかったに違いない。その手に乗るものか!
さら、とウンノの漆黒の髪が頬にこぼれる。いつもは後ろで一つに括り付けられた髪が、背中に流れるように落とされていた。
衝動的にその髪へ手を絡ませ、梳くい上げ、滑らかな手触りに満足したが……どうするこの状況。
考え無しに触れた為、説明しようもない。直情的に気持ちを語ってもいいが、まだ早いか? ――ふと髪から見える赤く染まった耳朶を眺めれば、ウンノが契約した精霊たちの宝珠が見えた。
「精霊達は皆ここに?」
我ながら、不自然な質問だったか? と思ったが、ウンノは一瞬きょとんとした後、護衛の焔だけを残し、調査に出した、と答えた。
自分の為には精霊を使役するのは躊躇うのに、俺達の為に、精霊を遣わす…。それも人間である俺達が入ることの難解な箇所を、極めて正確に選んでいた。――この娘は、よく視えている。
余計な手出しだったかと小さくなるウンノの手を大事に握り、謝意を伝える為顔を近づけて礼を言う。しかし、王の様子とは……? その事はウンノは知らぬはずだが、この態度を見るとどうやらハルが喋ったらしい。
「弟さんを守る為に近衛騎士を志願した……と聞き、今周辺で何が起こっているのかを知りたいんじゃないかと思いまして……ごめんなさい」
「謝るなウンノ。いいんだ、いずれ嫌でも聞かされるだろうし、それならばハルから教えてもらった方が正確だ。黙ってた俺も、悪かった。」
ウンノは俺の為に王の近辺を調べたのを勝手にした事だと謝り、俺は黙っていた事を謝った。
その態度が余りに可愛くて、そして噴出し笑う姿が愛おしくて、意識せずとも自然に俺の口は弧を描いているのが分かった。
ウンノの瞳はじっと俺を見ていたが、やがて一瞬伏せた後にそれまで微かに感情を映していた瞳が、冷静な物へと移った。
「それで、今日私は何をすれば?」
まだ、駄目か。
ウンノは、まだ俺を見ていない。答える受け皿が出来ていない。押せば壊れるだろう、引けば気付かぬだろう。
容易くいかず難解な相手だが、初めて心から欲しいと思った相手。諦めることは出来ない。
――本当に子供に戻ってしまったかのようだ。こんなに心揺さぶられるとは。
内心の激しく揺れる感情は奥に仕舞い、これより団長に会いに行くと告げると、ウンノは服の事など全く忘れた様子で寝台から飛び降り、会えることを無邪気に喜んだ。
――喜ぶ姿は見ていて嬉しいが……団長に嫉妬してしまう自分をどうにかせねば。
小さく溜息ついて隣にいると言い残し、雑然とした部屋へと戻った。