side ジェネシズ
団長の部屋へ向かう途中どうしても確認したい事が、とロゥが話を切り出した。
「イル・メル・ジーンの弟? ……何番目の? ありえませんね。あの兄弟は公式二十八名、非公式四十四名おり全て記憶しておりますが、黒髪黒目は一人として存在しません。……隊長はどこの馬の骨を拾い上げて大事そうに部屋に住まわせる気ですか?」
「相変わらず辛辣だな。いいだろう、お前には伝えておく。ウンノはラスメリナ王カケルと双子だ」
「冗談はよして下さい。あの竜帝と双子など、悪夢再来じゃないですか!」
「信じぬのも自由だがな、私は王よりウンノを預けられた。従者として周りに置くからそのつもりでいろ。この件に関しては団長と私だけ関わる。他言無用だ」
「了解。隊長の従者ですか――まあいいでしょう、貴方の身の回りの世話をさせる従者は要りますからね。やっと傍に置く気になった事は喜ばしいです」
従者を置くと言ったときからこう言われる事が多くなったなと、なんとなく釈然としない。身支度なんて大して手間ではないし、着飾る必要もないから問題はない。
「さあ、着いたからこの話は終いだ。私がいないときはウンノをハルに付けておけ」
「了解しました。色魔ですがそういった事には要領のいい男ですからね」
サッと踵を返し、従者を迎える為の書類整備に向かった。
ロゥは、有能な男だが女性に関しては全くの鈍感さで、現にウンノの事を男だと一つも疑っていない。ハルとロゥを足して割れば丁度良いだろうが、本人同士は全く相容れないだろう。
お互いに苦手としているが、仕事に関して言えば一目置く間柄。しかし一旦酒が入ると「この色魔!」「なんだ仕事馬鹿!」「歩く猥褻!」「枯れ木!」と低次元の言い争いをするのが定番となっている。
ドアを敲くと、すぐさま応答があった。
中に入るとこの部屋の主は長椅子に腰掛けて本を読んでいた。きっとまた趣味の釣りの本だろう。
「おおジェネシズ戻ったか、ご苦労。してカケル殿のご様子は如何だったか?」
本を閉じ、椅子を勧められたので向かいに腰を下ろし、今回の任務の目的であった内容を伝える。
そもそもカケルとクランベルグ団長は面識があり、あの城壁を消した当事者同士でもある。カケルはその頃ラスメリナの王としてではなく、俺の居候をしていた友人で、レーンにとっては黒い歴史だが、団長と俺にとっては敵に一矢報いた爽快な思い出である。
ラスメリナの様子、城下の賑わい、竜達の安定――。様々な報告をする中、どうしても『精霊姫』の話は出来なかった。その存在は、今この地に荒れ狂う天候不順に対し重要な位置を占める。玉座の安定と共に、名を引き継いだ物が現れたとなれば、あの者達は手段を選ばずウンノを掴むだろう。私利私欲だけの為に。それだけは避けなければ。
――――それに。
カケルもウンノも興奮して話す、アルゼル・クランベルグを英雄とした過去の戦。
団長は精霊姫とは結ばれず、その後も独身を通している。渦中にあった人なので、心を痛めてしまわぬか気遣い、結局口にすることはなかった。
今、カケルの双子の姉を従者として連れてきており、王に書状を渡す役割を任されていると伝えると身を乗り出し
「ほお、カケル殿の姉君が! 是非にお会いしたい。今夜はもう休まれているだろうから明朝こちらへお連れしろ」
「了解」
部屋を辞し、今夜の自分の寝る部屋へと向かう。
普段は宿舎を使っていたが、今はウンノが執務室に備えた小部屋にいるので出来るだけ近くにいようと、すぐ隣の部屋を使うことにした。