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 部屋は隅に角灯が置かれていてほんのり明るく照らしていた。

 これといった荷物はないが、外套がビチャビチャに濡れているからとりあえず干したい。備え付けの家具を見たらハンガーらしきものがあったから、それで窓枠に引っ掛けておく。

 荷物を入れた袋も外側は濡れてはいるが、中身は大丈夫。キムロスの町で手に入れた魚醤や山で採ったハーブを机に並べておこう。


 一通り並べた所でやっと気持ちも落ち着いた。

 長靴を脱ぎ、服も着替える為にポイポイと脱ぎ捨て、サラシを外して大きく深呼吸! あー、やっぱり自由っていいな。やっぱり抑えたままだと苦しいよ。

 寝るときくらいは外したいからね。

 寝巻き代わりに薄手のシャツとズボンを履いてベッドに横になると、急に眠気がやってきてあっという間に意識が途絶えた。



*****



 ――トントン。


 ――トントントン。


 「……入るぞ」


 ガチャリ、とドアの開く音で目を覚ました私。ボンヤリと入ってくる主を見たらジェネだった。


 「あー、じぇねー、おはよーございますー」


 頭がまだ動かないや。むっくりと起きてぼやーっとジェネを見たら、一瞬で目を逸らされた。

 何よ失礼な。

 と思いつつ、自分を見下ろすと……あら?

 サラシ巻いてないから、薄手のシャツからしっかりと胸の形が出てしまっている。


 「うわっ! すいませんっ。久しぶりに個室だったんで油断しちゃいました。お見苦しくてゴメンナサイ」

 

 慌てて掛け布団を胸の上まで引っ張り上げて隠す。ジェネは目にかかる髪を掻き上げ、その手を今度は力なく落とした。


 「……いや、目のやり場に困るだけだ。ここはウンノの部屋だから好きにしてくれて構わない。ただ、鍵はキチンと掛けておけ」


 「へ? 鍵なんてあったんですか。気付かなかったな~」


 「……ハルの奴め」と唸ったジェネは、何かを振り払うかのように頭を振った後、私の傍に近づき


 「ここにはまず誰も近づかない。理由は……あの部屋の惨状を見れば分かるだろう? そしてこの部屋には鍵が付いているのも理由の一つ。書状を渡すまでこの部屋を使うといい。俺は特務があるから四六時中一緒にはいられないが……」


 ベッドに腰掛け、私の耳上の髪を指で後ろにスルリと梳くい上げた。無骨な指が微かに頬に触れ、やけに優しい動きに心臓が高鳴った。


 「精霊達は皆ここに?」


 あ、宝珠を見るためだった?


 「皆ちょっと調べ物を頼んでいて出かけてます。あ、火の子だけはここに」


 おいで、と声を掛ければすぐに現れた。


 「姫さん、水のと風のはボチボチ帰ってくるぜ。地のはもうちょい」


 「そっかー、じゃあまた帰ってきたら教えてね?」


 「ウンノ? 一体何を調べている?」


 再び焔を宝珠へと戻し、精霊達に頼んだ調査内容を話す。


 「うーんと、ジェネは知ってますよね? 私達の世界で『先の大戦』といっていたまさにその時代を見聞きしていた人が書いた物語があるんです。それが『精霊姫と騎士の旅』といって、リィンとアルゼルの出会いから戦争に関わるまで、そして悲しい別れの経緯が書かれたラブストーリー! 愛を誓い合ったあの中庭のシーンがキュン死モノでした! 何で愛し合ってた二人が別れて暮らすようになってしまったのか……どうしてもそこは不思議だったんです。……あ、ゴメンナサイ話逸れました」


 あまりに好きな物語だったせいか、熱く語りだしたら止まらない。段々興奮した自分をハッと省みて慌てて話を戻す。


 「つ、つまりですよ。その時代に残っていた負の遺産やら懸案事項があったら調べておこうと思いまして。西の方にある山の鉄鉱石が採掘できるようになったかなー? とか、食物の輸入量と自給率を何とかする方法と…… 後は王様のご様子を…」


 特に最後のは余計なお世話だったかも? と思いながらも、一応報告をする。

 知らず目線が下がってしまい、布団の上に置いた自分の手をじっと見てると、その上から手が重なった。


 ―――――ひゃっ。


 「有難う、助かる。実を言うと、鉄鉱石はある人物が占有権を主張しており手出しが出来なかったんだ。農業も専門外だが重要な情報だ。あと……王の様子とは何故? ―――――ハルか」


 手を軽く握られ耳元で低音を囁かれる私にこの状況は心臓が壊れそうだよ! あっさりとハルから聞いてしまった事を肯定し、その上ジェネの生い立ちまでも知る事を謝った。


 「弟さんを守る為に近衛騎士を志願した……と聞き、今周辺で何が起こっているのかを知りたいんじゃないかと思いまして……ごめんなさい」


 「謝るなウンノ。いいんだ、いずれ嫌でも聞かされるだろうし、それならばハルから教えてもらった方が正確だ。黙ってた俺も、悪かった。」


 お互いに謝るからつい顔を見合わせて、可笑しくなって噴出した。ジェネも小さく笑い、その柔らかな笑顔に私はたまらなく胸が苦しくなる。彼の私に向けてくれる表情は、とても甘い。

 心の未熟な部分をとろりと溶かしていくような、温かさがある。

 ただ――ジェネは面倒見がいいから私にもそう接してくれるのであって、勘違いしないように!

 自分の心を叱咤して、なんとかどっかに流れそうな気持ちを押しとどめた。


 「それで、今日私は何をすれば?」


 改めて話の先へ水を向けると深い海の色をした瞳が少し揺れ、一旦強く私の手を握り、離す。


 「早速で悪いんだが、団長がお会いになるそうだ。――いや、心配は要らない。団長は大まかではあるが事情をご存知だ。実際ウンノに会って話したいらしい」


 「えっ、ホントですか!! うわー、いきなり夢叶っちゃった」


 隠してた事も忘れ、ベッドから飛び降りて着替えの準備をした。

 早く会いたい!

 ジェネは目を逸らしながら「準備が出来たら、声をかけろ」と隣の部屋へと出て行った。




 



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