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道中も悲惨なものだった。
突然の大雨はいい方で、突風、雹、雷なんでもござれだ。
焔が何度も何度も(おいっ! いい加減俺様を出せ! こんな雨吹き飛ばしてやる!)と、暴れだしそうな勢いで訴えたが、過保護もいい所だよ!
焔に頼んで全員守ることも出来るが、ジェネと私だけの秘密なので他の目がある時は一切呼び出さないことにしている。
馬ならばおよそ丸一日、駆け足なら朝出て夕方には着く距離だがこんな天候なので、緩んだ時は一気に距離を詰め、荒れた時は休憩するといった具合だ。
「レーンってずっとこんな天気なの? これじゃ食料自給率めちゃめちゃ悪くないですか?」
「ああ、ここの所特に酷くなった。食物は殆どを周辺各国に頼っている。日の光も無く、嵐もよく起こるのでは育たないからな」
今は雨宿りで大きな木の下に四人、温かいお茶を飲んで雹が止むのを待っている所だ。
初夏だというのに、大粒の雹が降り注ぐので寒くて仕方が無い。
エルダーフラワーとカモミールをブレンドしたハーブティーで体の中から温める。
「隊長、あとどの位っすか?」
「そうだな……この分では遅くなるだろうが、今日中には着きそうだ」
「はー、期限ギリギリっすね。間に合って良かったっす!」
「期限?」
「ラスメリナ往復する為の期限だよ。ほら、俺ら近衛騎士団だろ? 抜けた穴を誰が埋めるかっていう話だ。特に隊長なんて七番隊を任されているからそうそう抜けられない。そこを副隊長が書類全て整え、団長が後押ししてくれたからこそこうやって出てこれたんだぞ」
団長って、近衛騎士団全十五番隊を総括する役職だったよな?
そう尋ねるとハルが肯定して、更に付け加えた。
「団長は前の大戦の功労者だからな。二代前の王から直々に近衛騎士団長へ取り立てられたんだ。今もあの勇猛さは健在で、だからこそ隊長に目をかけてくださる。ウンノは名前くらい聞いたことあるだろ? アルゼル・クランベルグの名前くらい」
「えええええ!? ……それって、精霊姫と共にこの国を救った騎士の名前ですよね?」
「なんだ知ってるのか。… にしても、本当に古い事は知ってるんだな、ウンノは」
「いや……あははは。ぼ、僕おばーちゃん子だったんで」
慌てて余計な設定何番目だったかを確認しつつ、内心非常に興奮していた。
(……『精霊姫と騎士の旅』の騎士が……生きている! うわああああ会いたい! 会ってサイン貰いたい!)
あの小説の生き証人――というか、まさにダブル主役の一人だよ! あの精霊姫とのラブロマンス、実際その人の口から聞いてみたい。どっかで少しでも時間を貰って、サイン貰いに行こう! とミーハー心に固く誓った。
「大分雹も細かくなったな。よし行くぞ」
ジェネが一声掛け、皆それぞれ馬上の人となった。
私はまたまたジェネの前。乗れないから仕方ないんだけどね。
早足駆け足になると、口が避けても「乗り心地最高!」なんて言えたもんじゃない。サスペンションがどうこうじゃなくて、そもそも馬だし? 上下にシェイクされ、跨る足は攣り、お尻は折角脂肪を溜めているのに(勝手に溜まる!)用を成さず。
ともすれば舌を噛みそうになるので黙ってるしかなく、ひたすら前を見た。
前を見ることに、集中する。
じゃないと、ね?
おっと、ってふらつく度ジェネの体へ背中を預ける形になり、がっちりとした壁の様な胸板腹筋を感じてしまい、それがまた広くて……このまま凭れられたらいいのにな、とふと思う自分に慌て。
ほんの少しだけ、隙間を空けて前に集中した。
******
どことなく、潮の香りがする。
大分暗くなった空の下、小高い丘から眺め見ればそこにはレーンの首都クリムリクスの城郭都市が一望できた。
三層にわたって城壁が囲うその城は、なるほど攻め入るには相当苦労しそうだ。別名『無敗都市』も頷ける。
その後方には日の光を全く反射していない為か、暗い色をした海が見えた。都市の後方は切り立つ崖であり、海から攻め入る事も出来ないだろう。
しかし景色にはどことなく、いや、はっきりとした違和感を感じた。
その違和感の正体を後ろのジェネに尋ねる。
「ジェネ、ちょっとあの城に近い城壁の一部……なんでぽっかりと消えてるんですか?!」
ぐ……と珍しく答えに詰まるジェネ。あれ、なんだか嫌な予感が……。
「それは――俺を助ける為に、カケルが牽制を込めてやったものだ」
「げ」
どんだけ人間離れしたんだ弟よ! 城に近い場所って明らかに王城へ住まう物への嫌がらせだよね!?
すみませんすみませんうちの弟がご迷惑をー!
ひたすら恐縮する私の頭をポンと撫でながら
「そんな顔するな。俺はカケルのお陰で今があるんだ。それにあの当時、カケルは王でもないし変装していたからラスメリナの手の物と誤解されることも無いからな」
撫でていた手は最後にくしゃりと髪を軽く握り、再び手綱を持ち直した。
――手が優しすぎるんですけどっ。
さっきまで撫でていたジェネの手を眺めながら、赤くなった顔を見られないで良かった、なんてざわつく心臓を押さえながら思った。