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1 クリムリクスの壁




 昨日も思ったんだけど、ずっと曇ってるなー。

 朝、目覚めてから窓の外を見やると、一面の曇天だった。太陽でも月でもない球体が六個浮かんでいるはずの空は、厚い雲に覆われて一つですら見えない。


 それでも幾分すっきりと起きられたのは、昨夜湯浴みが出来たお陰だと思う。ラスメリナ以降、野宿していたから軽く体を拭く位しか出来ず、更に胸にサラシを巻いていたので外す手間もかかり超短時間で拭き上げなければ不審に思われかねない。


 久しぶりのお風呂。

 やっぱり日本人とくりゃ湯に浸からないとねっ。お風呂最高!

 ジェネには部屋が狭くて悪かったけれど、ゆっくりとお湯を楽しませてもらった。髪も洗ってすっきりし、仕上げにローズマリーの抽出液で作ったリンスを使った。


 食堂を手伝う代わりに調理場を借りて色々作ったのだ。食堂なら竈が沢山あるので、仕込みの時間を利用して抽出液を作ったりできる。更に、食材の使い方を手に取りながら学ぶ事ができたので、この世界での料理の幅が広がるとの考えもあった。

 そうして作ったいくつかの小瓶を眺めつつ、昨夜の精霊達と交わした言葉を思い返す。




 湯浴みが終わってジェネに声を掛けたが、何故か疲れた様子で「ちょっと下で飲んでくる」と、私が寝てしまうまで帰ってこなかった。

 一人だけぽつんとしてしまった部屋だけど、一人じゃない。耳の宝珠に宿る精霊たちと心話をしていた。

 (おいっ! 俺達もっと使えよ!!)(ひめさまー、あそぼうよぅ)(遠慮なさらずに! ご用命に従いますよ?)と、もっと使って欲しがってはいたけど、私だけの為にはできるだけ使役したくないんだよ。

 でもどうしても何か役目が欲しい! と押されて(じゃあ……食堂で聞いた噂話の事で調べてきて欲しいな?)と頼むと(お任せください姫君)と飛沫が言い、(じゃあみんな行ってらっしゃい! 私は残ります)と、残り三人に丸投げした。


 (てめーふざけんじゃねえよ! 何お前だけ残るんだ!)


 (仕方ないでしょう? 姫君をお守りする役目は要りますし)


 (いいなーいいなー。ぼくものこりたいー)


 (……私も)


 (うるせえお前ら! だったら俺様が残る!)


 (((どうぞどうぞ)))


 (!!!)



 ――どうやら、こういった展開はお約束らしい。


 結局私の傍に残るのは焔で、あとは私のお願い通り三箇所調査しに出ていった。焔はこういった作業が苦手らしいので、順当な結果といえる。

 みんなを遠くまで行かせてしまったが、私が呼べば即転移してくるみたいなので心配は要らない。

 焔が番をしていてくれるから安心して眠れるが、隣の空いているベッドを見て少し寂しく思いながらも疲れた体はすぐに眠りへ落ちていった。





 朝食を終え、すっかり出立の準備が出来た頃ハルが戻ってきた。

 ……なんですかそのまるで水玉みたいな、赤いポツポツがいくつもいくつも肌にあるってのは!

 せめて見えない所にしろ!

 その上、ハルの後ろには大勢の女性達が涙を浮かべて立っていた。


 「あれ……何ですか?」


 バッツに問うと、ああ、とすっかり慣れた様子で答える。


 「ハルさんとの別れを惜しむ会だよ。あーそっか、お前知らないんだな?『夜の花』でな……っぐぐっ!!」


 横から出てきたジェネの手が、バッツの口を塞いだ。


 「うん、ハルは女性に人気。それだけだ」


 「え、でも今『夜の花』って……?」


 「さあ、馬貸に行くぞ、早く来い!」


 ……ジェネ、明らかに話逸らしてますが?




 ――私は後でコッソリとバッツに聞いちゃった。どうしても気になって。


 あの『夜の花』とは、つまり花街。お仕事でお色気を楽しませてくれる場所。そのお色気を売る人のことを『蝶』と言うらしいんだけど、キムロス中の蝶を二晩で……。あのフェロモン魔人は、営業不能になるほど蝶達を魅了しつくしたらしい。他の客が取れないほどに。


 ……うん、聞かなかった事にしよう。


 そう結論付けて、先に行くジェネまで小走りで付いていった。



***** 



 馬、でかっ!!


 リゾートホテル勤務時代、近隣には牧場などもあり休日に美味しい牛乳を貰いに行ったりした。その時に見かけた馬は遠くに居たせいもあってそれほどサイズを気にする事も無かったが……。


 馬、でかっ!!


 この馬の顔なんて六十センチの寸胴鍋よりでかいんじゃないの?

 ここまで至近距離で見たことが無い為、かなり腰が引ける。馬に乗れる楽しみより、大きな動物に呑まれる恐怖の方が大きい。

 大体どうやったらあの背中に乗るのよ? あぶみにすら足が届くかどうか怪しい物だ。


 馬を目の前に立ちすくむ私を見て、結局三頭だけ借りる事にしたらしい。

 ジェネ、ハル、バッツ……私は?


 「ウンノ、こい」

 

 「え……ちょっ! 高いです怖いです重いですうわあああ」

 

 そんな私のセリフなんて無視で、ジェネは私の腰を攫いひょいと馬上まで掬い上げた。そしてひらりと自身も跨ると「しっかり摑まれ。暫くは俺が支えてやるが、慣れろ」とゾクリとする低音のいい声で耳元に囁き、私の腰辺りに腕を回して支えられた。


 「いくぞ」


 そうジェネは二人に声をかけ、一路クリムリクスへと向かったのだった。



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