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side ジェネシズ




 鍛冶屋に剣を預け、再び情報を得るために馴染みの店へ顔を出した。どうやら、宰相派の動きが慌しくなっている様だ。王都に出入りする商人などに話を聞き、今後の行程を微調整する。ここキムロスからクリムリクスまでは徒歩ならあと三日はかかるが、部下二人と合流したのでウンノの精霊の力は使えない。馬を借りて時間を稼ぐべく、馬貸に話をつけておく。


 ――精霊の力。あの尋常ではない速度に度肝を抜かれたが、ウンノを抱えていた為に逆に落ち着いて状況を把握する事ができた。半日の距離をごく短時間で到着できる精霊の力とは、凄まじいものがある。

 『精霊姫』の名はここレーンでは大きすぎる名前。あくまでも秘さねばならない。

 しかし、心配は杞憂に終わりそうだ。ウンノは精霊の力を使役する事には消極的だから。「自分の身の丈に合った生活をしないと、頼っちゃいますからね」と言って、ともすれば乱用しがちになる主従関係だが、ここにも「甘えない」性格が出てくるんだなと、改めて思った。

 

 再び宿に戻る頃には辺りはすっかり暗くなっており、そのまま夕食を取る事にした。ウンノは再び給仕に精を出し、にこやかに客へ配膳を行っていた。

 入ってきた俺達にすぐに気付き「お帰りなさい! お疲れ様でした隊長、ハルさん、バッツ。今食事お持ちしますねっ」と厨房に向かって「お食事三人前お願いします!」と声を掛け、入店してきた客に「いらっしゃいませ! こちらのお席にどうぞ」と案内をしたと思ったら、帰る客に「有難うございました! またお越しくださいね」と声を掛ける。とてもすばやく、実に無駄が無い動きだ。


 「うわー、ウンノすごいっすね! この店の客を一人で回してるっすよ?」


 「この時間は酒も出るから酔客も多いが上手くあしらっているようだ。男だからそこまで心配要らないだろうが、女だったらさぞ心配の種になるだろうな」


 ハルはわざわざ俺を煽っているようだが、その手には乗らない。適当に流して椅子に座った。




 夕食も勿論美味しく、ついつい食べ過ぎてしまうほどだった。ウンノによる味付けが生きて、親父さんの料理が格段に美味くなった。バッツは食べ過ぎた……と腹を抱えながら部屋に戻り、ハルは―――――。

 

 「隊長の部屋は隣に取ってあります。ウンノと一緒の部屋になりますが、壁は防音対策してあるんでお気兼ねなく?」


 「何を気兼ねするんだ!」と怒鳴る前に、ハルはニヤリとまた人の悪い笑みをして『夜の花』へと消えて行った。くそっ! 一体俺にどうしろというんだ!

 この宿は基本一部屋に二つの寝台がある。ハルとバッツが一部屋で、俺とウンノが別々に取ったら明らかに変だろう。ウンノは『男の従者』だから。

 

 湧き上がる衝動を堪えられるか……? 自問自答しながら部屋に行き、真っ暗な中二つ並ぶ寝台に溜息を漏らしながら入り口傍の寝台に腰を掛ける。

 

 ――俺がこんなに心乱されるとは。


 恋情、など全く抱く事のなかった過去。そもそも、一人の女性に固執することなど考えもしなかった。一夜限り名も知らぬ相手との情欲はあるが、溺れる事無く、記憶すらなく、過ごしてきた。

 それがなんというありさまだ。

 絹糸を紡いだかのような艶のある黒髪。意志の強さを秘めた黒曜石の輝きをする瞳。抱きしめた時の柔らかな身体から、ほのかに芳香を放つ。あれはハーブの香りが身に染み付いているのだろう。


 ごろり、と寝台に横になり右手を目前にかざす。ウンノに対する、心情から溢れる愛おしさを最小の動作で、頭をこの手で撫でた。それ以上、それ以上に進みたくなる衝動は抑えなければならない。おそらくウンノは、俺に対して恋愛感情は無いだろう。

 今はまだ、と付け足す。

 俺に気が無い相手に無理強いをするつもりは無いが、少しでも恋情を持ってくれたら……。

 

 その時は止まるつもりは、ない。



 「あれ、隊長居たんですか? 分かりませんでしたよ部屋が真っ暗で。明かり置きますね?」


 暫くして、ウンノが部屋に角灯を持って入ってきた。そして親父さんも何故か。大きくて深い桶を持って、湯を張っていく。


 「えへへ、今日のご褒美にお風呂用意してくれました! 隊長もどうですか?」


 「いや……俺はいい」


 「俺? うわー、隊長が俺って言うの初めて聞いたかも!」


 どうですかって言われても……と、唖然としていたら素に戻って「俺」と言っていた。ウンノは「わー、新鮮新鮮!」と頬に手を当て喜んでいたので…… まあいいか。


 終わったら声かけな! と親父さんは出て行った。ウンノは二つの寝台の間に紐を張り、敷布をかけて衝立代わりにした。

 「こっち見ないでくださいね?」とやや恥らう声がしたと思ったら、シュル、と衣擦れの音がして、水音がして。


 ふ、と敷布を見たら……影が映った。


 ――角灯は、桶の傍に置いてある……!


 一瞬で影から目を逸らしたが、瞼に焼き付いてしまった。見事な肢体であり、見事な曲線を描いて……。


 「あ、そうだジェネ! お客さんが言っていたんですけど、昨日から『夜の花』の機能が半分停止してるらしいんですってー。何かあったんですかね?ところで、『夜の花』って何ですか?」


 知るか! というか、それはハルのせいだ!!


 そしてそんな質問今するな!!


 湯浴み中、見張りも兼ねて居る為に、出て行くわけにもいかず生殺しの時間が過ぎるのを、ひたすらに待った。





影絵のごとく、翔子のシルエットが映し出されてしまいました。

知らぬは本人ばかり。



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