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ちょっと待て! と言いたかった。
このお色気魔人と、この部屋で待てと?!
焦る私を余所に、ハルドラーダはギシリと備え付けのベッドに腰を掛けた。
……普通の女性なら、あのベッドに飛び込んで行くかもしれないな。
相変わらず目を塞いだままの私に呆れたのか、ベッドの枕元に置いてある眼鏡を付けてくれた。
「ウンノ、私達と別れた後の事を教えて欲しいんだが」
「あ、えっと。これちょっと仕分けながらでもいいですか?」
「それは?」
「山で収穫したハーブ達です。使えるところと分けようと思いまして」
眼鏡に安心した私は荷物に括り付けていたハーブを、大きく広げた布の上に並べた。息吹があれやこれやと持ち込んだものはあの場で処理しきれず持ち帰る事にしたんだけど、疾風のあの異常な速度の移動によりカリカリに乾燥したものもあって、使えるものとそうでないものを分けたかったのだ。香りがどうしても落ちてしまって、ドライとして使えないものもある。レモンバームやチャイブ、バジルとか。
「ウンノの料理は美味かった。材料が豊富に揃っていたらまた格別だろうな。また私にも何かの折に御相伴に預かりたいのだが」
「ええ喜んで! 美味しいと言って頂けるのが、僕にとって何よりの言葉です」
素直な賛辞ににっこりと笑顔になる。嬉しい!
カモミールの花をブチブチっと茎から外しながら、私が覚えてる限りの事を伝える。流石に精霊のくだりは言えないので、ジェネと辻褄が合うように話してある。
あの洞穴から半日程度距離があることから、一晩寝たというのはいかんせん間に合わない。つまり、私が寝てるときにジェネも寝て、夜中に起きてからずっと歩いてたどり着いた、ということに。
「あの土石流で別れてから、若なら大丈夫だと頭で分かっていたが、どうにも心配で落ち着かなかったぞ」
そこでふと、気になってた事をハルドラーダ師匠に聞くことにした。
「ハルドラーダさん、あのーずっと気になってたんですけど、隊長の事を若って?」
「ハルでいいぞ、七番隊の仲間だからな。――そうか、お前知らないのか」
ずり落ちそうな眼鏡を押し上げながら、意外そうな顔をしてその長い足を組んだ。
「ハルさん。僕が知らないって、何がですか?」
「ジェネシズのレーン国に置ける立場ってやつだ。そうだな……いずれ誰かから不明瞭な噂を聞くよか今正確に話しといた方がいいだろう。若も、きっと自分からは言わないだろうから」
ウンノ、お前どこまで若の事知ってる? と聞かれ、はた、と気付いた。
そういえば良く知らない。
ジェネシズ、二七歳、レーン国近衛騎士団七番隊隊長……あとは?
「ジェネシズ隊長……家の名前すら知りませんでした」
知ってる事を指折り数えながら、あまりに知らない事に呆然としてしまった。
仕分ける作業も思わず止まる。
今日で出会って六日目だけど、ずーっと一緒にいたのに。
「多分、意図して言わずにいたんだろう。省略しない正式名言えば一発で分かるからな。若の本名は―――――ジェネシズ・バルドゥ・レーン。三つの名が表す意味、知ってるか?」
「ひょっとして……隊長、王族って事ですか?」
通常名前とは、二つだけとなる。ハルさんは『ハルドラーダ・メッシ』と名乗った。最後のメッシとは実家を表す名前である。
ジェネの場合……バルドゥとは母方の実家、レーンとは父方の実家両方表している。その三つの名を表す立場といえば、すなわち王族。レーンという国の名前が入ってる、ということはこの国の、間違いようのない王族だ。
ひえー、そんな雲の上のような存在だったのか! 確かにジェネは姿、形、所作ともに非常に麗々しく、王族と聞いても似合いすぎでしっくりくる。
「本人はもう『継承権は放棄した』と言って、その名前に無頓着でな? 煩わしい王座継承の輪から外れて清々していると言って笑ったんだ」
「え、ちょっと待ってくださいよ! 継承権放棄って、割と王から近い存在だったんですか?」
大体『放棄』と言っても順番が遠ければ余り意味がないだろう。わざわざするということは相当?
「そうだな、若が放棄しなかったら今頃王様やってるだろうな。―――――今の王は、若の弟だ」