1 事情
小鳥の囀る声がして、瞼にほのかな明るさが差し込んできた。
地面や空気が暖かい事から、昨日の出来事は夢ではないんだなと耳の宝珠を触りながら起きる。
昨夜はあまりグッスリとは寝られなくて。
それというのも、「ジェネと呼んで欲しい」と手を握りながらじっと見つめられて……。
私としては従者という立場の役どころなので、主従関係はっきりさせよう! という決意のもと「隊長」と呼ぶことにしたのに、真摯な眼差しで乞われると抗える訳無く、降参した。
「……ジェネ?」
これでいいか? という口調で呟くと、彼の表情はとろけるような微笑を見せた。
ぎゃ! 反則!!
腰が砕けそうになり、慌てて両手で自分の目を塞いだ。
「……何をしている?」
突然目を隠した私にジェネは訝しむ。
「いえ、あまりに刺激的なので」
「刺激……」
あの極上の笑顔を見せられたら、私は間違いなく天へ召されちゃうよ!
刺激が強いあの笑顔が脳裏にチラついて、熟睡は出来なかったのだ。
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「それで、私達はこれからどこへ向かえばいいんですか?」
朝食代わりの果物を食べながら、ジェネに尋ねた。
山菜と果物は大量にあるけど、それ以外の物……特に調味料が何も無いのがかなりイタい。流石の私も異世界サバイバルは未経験です。
「ここから麓に向かい、東南の方角へ半日ほど行ったキムロスという村でハル達と待ち合わせてある。そこで合流してから、レーン国首都であるクリムリクスを目指す」
私が持ち歩く短刀で剥いた、林檎らしき物をジェネは恐ろしい勢いで平らげながら答える。この食欲ならば風邪の方は回復したといっていいだろう。
食後のお茶として、『ローズマリー・ペパーミント・マロウ』のハーブティーを淹れる。疲れた体に効くのだ。
「ハルドラーダさんとバッツ、どうしてるかなー」
ジェネが言うには、土石流に遭ってしまい、彼らと別行動となったらしいんだよね。
私はグッスリと眠っていたから全く覚えていないんだけど。
自然災害が起こっても起きない自分てどんなんだよ! って思ったけど、どうやら国境を越えることにより私の中で色々変質が起こったらしくて単に「寝てる」訳ではなかったみたい。山登りが苦じゃなかったのも、こちらの国に近づいたせいじゃないかって。
炎を挟んで寝転びながら、ジェネと色々喋ってたんだよね。私が思いついたことをベラベラ喋って、それをジェネが答えて。くだらない事でもキチンと答えてくれるのはかなり嬉しい。
そうそう、あのサーラが一喝しただけでおとなしくなった理由も分かった。私の怒りに精霊達が呼応してしまい、気配に敏感なサーラにとって、それはもう恐怖以外なかったんじゃないかってさ。
なんで敏感なのかは言葉を濁してたけど。
うん、ラスメリナに戻ったらサーラをうんと甘やかそう。
食事の始末を終え、大量に残ったハーブや山菜類はざっくりと蔓でくくって持ち帰る。もったいないからね。
ジェネに貼り付けていたヤロウなどを新しいのと取替え、出発の準備が整った。
「じゃあ早速だけど試したい事があるのよね」
宝珠から風の精霊、疾風を呼び出す。
「ひめさまー! おはよう!」
そういって、私の胸に飛び込んできた。うわあ……かわいい! 何度でも言うけど、かわいい!
きゅうっと抱っこして、疾風の頭に頬ずりしちゃった。
疾風を呼び出したのは、『精霊姫と騎士の旅』で何度も登場した場面をやってもらおうと思ったからだ。
「ねえ、早速で悪いんだけど、私達をキムロスまで運んで欲しいの。お願いしていいかな?」
「もちろんですひめさま! おやくにたててうれしいです!」
顔をうっすら上気させて、満面の笑みで答える。
「というわけで、ジェネ、行きましょう!」
元気良く声を掛けると、幾分呆れた顔をしていた。
「ウンノ……通常精霊使いというのは呪文がいるんだ。そして、精霊との契約に基づき『命令』するものと聞く。呪文なし、願い出るだけとは……」
ふうっと息を吐き、髪を掻き揚げながら言葉を続ける。
「精霊姫である、ということは内密に。ウンノはラスメリナ王であるカケルの信書をレーン王に渡すという役目の為に召喚されたのであって、『精霊姫がいる』事実を、国の強欲なくせに小胆な佞臣共に知られたら、あの手この手を使って己が内に取り込もうとするだろうからな。気をつけろ」
心底嫌そうな顔をして眉間の皺を濃くした。
あらら、結構毒舌吐いてません? ずいぶん嫌っている模様。
勿論、私もそんなのは本意ではない。キッチリ手紙渡してさっさと帰ろうと思っているのだ。
「了解しました。じゃあ、コッソリやります」
――どっちにしろやるのか。という心の声が聞こえた気がするが、気にしない事にする。
「ひめさま、いきますか?」
「うん、お願い」
さあ、出発しよう!