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召喚ちょっと前のお話です。
「あれ? 翔子、まだ残ってたの?」
「うん、残業だったの。サヤカは?」
「えへへー、彼とこれからデートなの」
職場の同僚であるサヤカは、今にもスキップしそうな足取りで翔子に近づいてきた。サヤカは同じ年齢という事もあって、あっという間に仲良くなった親友だ。その彼女は、先週片思いの相手から恋人へと昇格した食材の配達業者である彼と、終業後デートの待ち合わせをしているらしい。
「彼がねえ『俺のサヤカなんだから、男除けに付けてくれ』って指輪を買ってくれるんだって! その後は~、うふふ」
ほわりと頬を赤らめる姿は、とても可愛らしかった。目は大きくクリクリとして、唇もふっくら桜色、思わず守ってあげたくなる容姿をしていた。私が彼氏だったら、今この瞬間ギュッと抱きしめたいね!
「サヤカ可愛い! 彼氏メロメロでしょうね~。指輪を付けてくれだなんて、心配なんだ?」
いいな~と呟くと、サヤカはびっくりしたように私を見た。
「え? 翔子ってオーナーの息子と付き合ってるんじゃなかったの?」
「な……訳ないでしょ! 大体好きでもないし……そりゃ告白はされたけど」
最後はゴニョゴニョと口ごもった。
*****
そう、告白をされたのは先月だったかな。ホテルの裏手にある散策にうってつけの庭があり、そこの目立たず置かれたベンチに呼び出された。私としては呼ばれる理由だなんてサッパリで、何か不手際があったけど周りに聞かれないように配慮してくれたのかな、としか思えなかった。
季節は秋。カサリと落ち葉を踏みしめて冬の気配を感じていたら、先にオーナーの息子――手島啓介が待っていた。
「あ、すみません遅くなりました!」
「いや俺が早く来すぎたんだ、気にしないで」
そう言って私にベンチに座るよう勧め、自身もすぐ隣に座る。隙間のないほどに。
その距離間に戸惑いつつもチラと彼を窺うと、すこし顔を赤くして緊張した姿が見えた。
「海野さん、いきなりで悪いんだけど……俺と付き合って欲しい。好きなんだ」
「え? あ、あの……」
「入社してきた時からずっと気になっていて。どうしても気持ちを抑えられなくなったんだ!」
激しく気持ちを叩きつけられ動揺していると、体をぎゅっときつく抱きしめられた。頭の中は大混乱で、なんで私? どうして? なんなの? と全く状況が入ってこない。
「ちょ、ちょっと待ってください! 苦しいです!」
手島の胸を押し出して、ようやく呼吸が楽になる。
荒れ狂う感情を抑えきれない彼の目は、すごく怖かった。
「海野さん……返事をいただけないだろうか?」
「私は……」
――怖い。
「お付き合いできません」
「! どうして。俺知ってるよ、今彼氏いないんでしょ? それとも誰か好きな人がいるとか?」
「いいえ」
「だったら!」
「――ごめんなさい。今は誰とも恋愛したくないんです」
深々と頭を下げて謝った。
今は誰とも。これからあるのかも分からないけど。
いきなり好きだと言われて、心が固まったのは一方的な押し付けを感じてしまったから。私と多少なりとも付き合いがあった人ならまだじっくり考えたかもしれないけど、オーナーの息子だなんてそう出会うわけでもなく、会話も挨拶程度しかしないのだ。それなのに付き合えって無体だな。
「休憩時間が終わってしまいます。戻りますね」
立ち上がって、もう一度深く頭を下げて走って帰った。
その後は遠目で見かける程度で、話しかけては来なかった。
*****
「――で? つまり翔子ってば振ったのね?」
「振っただなんて……うーん、そういうことになるのかなあ?」
誤解をされたままでは心地悪いので、一連の話をサヤカにした。サヤカは「もったいない! 教育次第ではいい条件の男だったのに」と呆れていたけど、私がその気じゃないのを知り無理強いはしなかった。
「――臆病、なのかな」
ポツリと漏らした言葉に、サヤカは優しく背中を撫でてくれた。
「翔子……いつかきっと『この人!』と思える人に出会えるわ。身も心も一緒になりたいと心から思える人。まだそのタイミングじゃないのね。あ、そうだ!」
何かを思いついたようでサヤカはバッグからゴソゴソと取り出し、私の手の平にぎゅっと押し付けた。
「ふふーん、これはね、私から幸せのおすそ分け! 期限はあと五年はあるから、それまでには使いなさいよー!」
言うだけ言って、「キャー、待ち合わせに遅れちゃう!」と走って行ってしまった。
後に残された私は、手に握りこまれた物はなんだったのか見てみると。
――これっ……!!
二つ、連結されていました。個別にパッキングされて。
保健体育で、一応の知識はあります。なんの時に使うか。
「――――――――!!」
声にならない悲鳴を上げて、ソレをスカートのポケットに押し込んだ。
*****
リストラされたけど、手島を振った影響はなかったと思いたい。
過去編おしまい。