side ジェネシズ
「ウンノ!」
グラリと傾いだ体を受け止めると、ウンノは気を失っていた。
つい先ほどまで、とても女性とは思えぬ健脚を見せていたのに、国境を一歩踏み出した途端体が崩れた。
――一体何が?
ハルとバッツを呼び止め俺はウンノを背負い、休める所を探す。熱も無く、体に変化もない所を見て、時間を置いて様子を見ることにしたからだ。
レーンの国に入った事で、油断は出来ない。
国境、と目に見える線引きはないが、明らかに空気が違う。空を見れば一面の曇天。先程までのラスメリナでは初夏の陽気で、とても柔らかな日差しに穏やかな気候をしていたというのに。
空に浮かぶはずの六つの光も見当たらない。
日が出なくなってどの位になるだろう。
前王崩御の翌年より翳ったのでもう十年か……。
『玉座に本物がいるといないとでは、国土にも影響あるんですねえ』
先程ウンノが言っていた言葉が甦る。
その言葉は、疼痛となって俺の胸を蝕んだ。
(本物、か)
十六歳の王はどのように玉座の座り心地を感じているだろう。
自らの考えに沈んでいる間に、「隊長!」と緊迫した声が先の方から聞こえた。
「ハル、どうした!」
「野盗です! 六、七……十人はいますね」
思わず舌打ちして、ウンノをそっと茂みに横たえた。ここなら目に触れないだろう。
自分の外套でそっと覆うと、殺気がする方へと向き直る。
「バッツ、落ち着け」
「は……はいっ」
実戦経験がほぼないバッツは、この空気に完全に飲まれていた。
訓練ではいかんなく発揮する剣技も、命のやり取りが行われようとする殺伐とした領域では気迫が物をいう。
浮き足立つバッツに、背中を手の平で叩き「深呼吸だ!」先に剣を構えたハルに「ハル、バッツを頼む」未熟な部下に、経験豊富なハルをつけ、俺はウンノを相手の視界から遮るよう立つ。
ポツリ、と雨が降り出した。
「出て来い。何の用だ」
俺の声に呼応して、一人の男が前に進み出た。
「街道を行かずに国境越えとは、密輸かい? 荷物さえ置いていけば痛い目みずに済むがどうだい」
下卑た笑みを浮かべ、自らの剣をちらつかせる。腕に覚えはあるようだ。しかし、相手の力量を見て取れない様では、大した腕ではないだろう。
「返り討ちにされたくなければ、去るがいい」
「そうだそうだ! お、お前らみたいなクズ相手にしてる暇はないんだ!」
剣を向け相手に去れと警告を発したハルに、バッツが腰が引けた構えをする。
「バッツ、黙ってろ」
余計な刺激をさせて、必要以上に暴れられても困る。
「生憎と、金目の物はない。諦めてくれ」
しかし、そう簡単に野盗が去るわけがなかった。
「ほぉ~。聞いたかてめぇら! 見てくれもいいどこぞのお坊ちゃんだぞこいつら! 愛玩奴隷で売ろうぜ! いいか、出来るだけ顔は傷つけずに取り押さえろ!」
周りを囲んだ仲間が一斉に飛び掛ってきた。
「……この剣だと加減が出来ん」
愛用の剣は、他国へと行く自分の身替りとして置いて来た。必ず戻るという意思を表したものだ。
使い慣れない剣の為どうやっても手加減が出来ず、相手には気の毒としか言いようがない。
――雨は、次第に激しく降り出した。