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「……つまりさ、国王がキチンと治まっていないと色んな災害が起こるんだ。ラスメリナは新王が立って一年以上経つだろ?だから魔物も出ないし竜は大人しくなったし、実りも豊かになった。」
「へー、なるほどぉぉ」
ジェネとハルドラーダが地図を見ながら何か話しているため、私はバッツと世間話をしていた。
「玉座に本物がいるといないとでは、国土にも影響あるんですねえ」
感心しながら頷いた。あんな翔でも、王として世界に認められた証拠なんだと。身内が褒められるのはとてもこそばゆい気持ちになる。
逆に、レーンの国はどうなっているんだろう。十六歳の王を国の頂点として据えて二年だというのに、聞く様はまるで……。
「お前、本当に最近の事知らねーのな! なんか知ってると思ったら俺のばーちゃんが知ってるような事を言うしよ」
「あ……そ、祖母と二人で暮らしてたので! オマケに貧乏だったから、食べられる物を探して山に入ったりしましたし」
――祖母と貧乏二人暮らし設定、追加!
行くぞ、と声を掛けられ慌ててバッツと先に行く二人の背を追う。
「バッツ先輩はどうして騎士になったの?」
「うーん、俺は一応下流貴族なんだけど三男坊でさ、家督継げないし健康だけが取り柄だったからな。貴族身分を持っていれば騎士に推薦で入団できるし、近衛はカッコイイし」
「それに」と続ける。
「なんといっても、ジェネシズ隊長! あの人の下に配属されたのが嬉しかったな」
満面の笑みで、前方のジェネを見る。
「へええ! ジェ……隊長ってそんな人気あるんですか?」
「あるってもんじゃねえよ! 剣も強くて面倒見も良くて人気があって。あー、でも訓練は鬼だな! 容赦ねーもん! それ以外言うことねえ位の最高の指導者なのに。なんで七番隊の隊長って立場に甘んじてるんだかが俺にはわかんねえ」
うん、確かにジェネはそう思わせるだけの確かさを備えてる。
更にあの容姿だ。スラリとした長身なのに肉食獣を思わせるしなやかな体躯。胸板の厚さと腕の逞しさは、見せるだけの筋肉とは大きく違う。
髪は闇色をしていて、時折目にかかる前髪をうっとうしそうに掻き揚げるその手は大きくて厚い。髪色と同じ色の服を着て、皮のブーツを履き、腰には長剣と短剣の二本が佩かれている。
……ジェネのあの深い海の色をした瞳を見ると、心の片隅が何故だかきゅうっとした。懐の深い、優しい色をしている。
そっと視線を前へやると、丁度ジェネもこちらの様子を窺うように顔を向けて、目が合った。
かすかに笑うかのように弧を描いた目をして、また前へ向いてしまった。ちょっと寂しいなと思ってしまった自分は一体どうしたんだろう。
*****
あと一息で山頂! という所で小休止をとった。
国境を越えるにあたり注意事項が申し渡される。
「ハルドラーダとバッツは行きでも分かっているだろうが、国境というものは目には見えんが明らかに環境が変わる。ウンノは――今は元気そうだが、ラスメリナの安定した空間とは大違いだから気をつけるように。体調が変だと思ったら早く言え。精霊が不安定になっているから天候の大きな変化もある。外套も用意しておけ。野盗も出没するだろう、常に気を配っておくように」
矢継ぎ早にいい終えると、歩く順番もハルドラーダ・バッツ・私・ジェネシズと変え、真っ直ぐ並んでとなり進む事になった。
今までがほんわかハイキング気分だったのが、ピンとした緊張感に包まれる。
ドクドクと心臓が音を立てた。
ここを超えたら、レーン国。
ハルドラーダが超え、バッツが超え。
私も続いて一歩踏み出した。
――――― 途端。
光が目に飛び込む。
赤い、青い、黄色い、緑の、光。
一斉に耳の奥に響き渡る声。
何? 何? 何を言っているの?!
ぞわりと手足の爪の先から粟立つ感触。
――――――――――あ。
そして暗闇に落ちた。