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小鳥のさえずる音が聞こえる。
朝の、少し湿り気のある爽やかな空気。辺りはうっすらと明るくなっていた。
そうか、ここは山の中だった。
ごそっと体を起こすと、体のあちこちが痛んだ。こういう場所で寝るのは初めてな割に、夢も見ずぐっすり寝てしまった自分が意外に逞しいな、と感心した。
「起きたか」
ドキリとさせるこの声。ハルドラーダ師匠だ。朝っぱらから心臓に悪いわ! 心臓の暖気運転終わってからにしてよ。
ジェネシズは木を背にもたれて寝ていたようだが、声に気付き目が覚めたようだ。
「おはようウンノ」
「おはようございます。あの……すみません火の番……」
「いや、交代制にするから問題ない。ウンノは今夜頼む」
「分かりました。では食事の支度をしますね」
まだ寝ているバッツを起こさぬようそっと立ち上がり、昨日のうちに見つけてあった沢に行って手と顔を洗い、水を汲んだ。そしてまた焚き火の所に戻って荷物の中から二つの小さな鍋を出し、水を入れる。
ひとつには、干し肉を細かく刻んだものを目分量でバラッと入れた後、ハルドラーダに頼んで作って貰った竈に鍋を当て、もう一つの鍋はそのまま湯をつくる。それが沸く間に先ほどの沢に戻って色々と物色をした。
ここはなんて素晴らしい場所なの! と軽く興奮するくらいの宝の山。
ほくほくとしながら戻り、再び調理を始める。
あまり小説の世界には食事について触れていないが、旅に出るときの保存食として固くて水分を出来るだけ抜いたパンと、干し肉が定番品としてよく出てきた。
いくらなんでも、それだけは寂しい。
折角の山の中だし、現地調達しようではないかと思ったのだ。
幸いにも季節は初夏。そしてこの世界ではハーブが良く見つかった。異世界召喚された人が持ち込んだものかもしれない。日本でも外来種とかよく見つかるし、そういうものかも。
ハーブは根性のある種が多いので、そこかしこに自生をしていた。
これから山頂に向かうほどに植物は少なくなる。採れるうちに蓄えたい所だ。
湯が沸き、干し肉を入れた鍋に卵の卵白だけを良くかき混ぜてふんわりなるよう、そっと流し入れる。最後にチャイブというネギに似た味のするハーブを入れて完成。
パンは薄切りにして、細かくした干し肉と、ナスタチウムの葉とクレソンをはさみ、最後に伝家の宝刀マヨネーズ! 先ほどのスープで使わなかった卵黄でマヨネーズを作ったのだ。
マヨネーズは、卵黄を殺菌力のあるお酢と混ぜて、それをたっぷりの油で漬けてある為に早々腐るものではない。ただ、こんな非日常に持ち歩くものではないから今日明日中には使ってしまわないといけない。
ついでに卵の事をいうなら、常温で一ヶ月は持つ。山越えには三日程度かかるらしいので、そこまで気にすることはないんだけど。
マヨネーズを作る様子を興味深そうに見やるジェネに、こう説明した。
ジェネはラスメリナで卵サンドを食べて以来、マヨの味が忘れられないらしい。
「うわ……うまそーな匂いがする!」
バッツがスープの香りに誘われてやっと起きてきた。
「えー! これウンノ作ったの?! すげえな、こういう所は女っぽい!」
――余計な一言よ!
さっさと食べるよう促し、私は食後のお茶を用意する。
といっても、これも現地調達品のハーブ。すっきりとした気分にさせてくれるレモングラスを摘んであり、先ほどの湯の中に入れて少々待つ。ほんのり色がついたところでカップに入れてそれぞれに渡した。
行き渡った所で急いで自分も朝食を胃袋へと押し込んだ。早食いはホテル勤務時代から鍛えられている為にあっという間に食べ終えた。
グイッとお茶も飲み終え、今度は火の後始末にかかる。
火を消し、竈を崩し、灰は少し除けておく。
「ウンノ、うまかった」
食べ終えたらしいジェネが、私の近くまで来て感想を言ってくれた。
「いえ、どういたしまして」
素直な感想に顔が赤くなる。そんな私を見たジェネは、軽く私の頭をポンと叩いて『旅の石』を回収しに行ってしまった。その手の名残を私はそっと押さえ、軽く手を握り締めた後、次の作業へと取り掛かった。
「このような場所でこれだけ美味い物を作れるとはな」――ハルドラーダ。
「うまかった! また期待してもいいよな?」――バッツ。
それぞれ気に入ってもらえて良かった。
使い終わった食器をまた沢へ持って行き、灰を使って汚れを落とす。ゆすいで水滴を拭き取り仕舞う。
そして、準備が整った所で出発した。
国境である山頂を目指して。