7
*ジェネシズ視点
ようやくバッツが寝て、静かになる。
野宿は初めてだと言っていた割に、ウンノもアッサリと眠りに落ちた。相当疲れていた様だ。
バッツはああ見えて年下の世話を焼くのが好きだから、ウンノの「女になりたい十六歳の男」に同情したんだろう。あれこれと「女ならこういう仕草をするんだ!」「つーか目がキツいから、化粧して目を加工したらどうだ?」と語っていた。
「早く寝ろ!」と一喝してやっと黙ったが。
しかし。
本当のウンノを十八歳のあいつが知ったら驚くだろう。
十六歳でなく二十三歳の女性であり、ラスメリナ王の姉であり、異世界からやってきた……と。
その様子を想像して、知らず頬が緩んだ。
「若……ウンノは娘ですよね? どういう経緯で同行することになったのですか」
「ハル、それいい加減止めろ。――ウンノは俺の大事な友人から預かる人だ。それとなく守れ」
ハルドラーダは俺の十歳上の乳兄弟で、生まれたときからずっと傍にいた為に、嘘は通用しない。最初に紹介した時すぐに疑問を引っ込めたのも、俺の黙っていろという意思を読んだからだ。
今、娘という言葉に俺は否定をしなかったので認めたも同然となる。
大きく息を一つ吐いたハルは、「それでしたら」と言葉を続ける。
「従者には従者の立場というものがあります。隊長としての態度を崩されませんように」
「――私を使ってくれと、ウンノに言われた」
つい先ほど、小声で言われたことを思い返した。
その時、俺は自ら線を引いていたくせに、ウンノの方からも「線を引かれた」と感じた。それでいいはずなのになにか面白くないという感情が、落ちない染みの様に心に広がった。
「そうですか。彼女自身はきちんと立場を分かっているようですね。それならば私はもう言うことはありません。隊長の心次第です」
ニヤリと目が愉快そうに笑う。
「イル・メル・ジーンの妹……何番目の妹ですか? 私は公式の二十八人しか覚えてませんが地方の子でしょうか? 今更驚きませんがね。あいつの妹じゃなかったら喰ったのに、残念だな――では私は先に寝ます。交代の時起こしてください」
言うだけ言って、ゴロリと寝てしまった。ほどなくして、規則正しい寝息が聞こえる。
寝られる時に寝られるようにならねば、戦士として使い物にならないため、眠りに落ちるのも早い。
ハルは、小さい頃から美形だ。
十歳の頃から俺に仕えていて、俺は見慣れているが、初めて会う人間は大抵腰が抜ける。または、気絶だ。声を掛けようにも、濃密な色気の為に近づけないらしい。
――が。
ハルは根っからの女好きで、自ら誘いよく遊んでいるらしい。たまに男もというのだから、節操がないと思ってしまう。俺は女が苦手だから、ハルは器用なものだと感心する。
あの眼鏡はイル・メル・ジーンからの贈り物だ。
『ハルは何人の人間を駄目にする気? これでも使え、色魔め」
あいつなりの優しさだろうが、かける言葉は優しくない。
弱くなった焚火に薪を足しながら、炎の揺らめく明かりに照らされたウンノを見る。
女は苦手だ。
依存してくる。ドレスか美容の話が延々尽きず、誹謗中傷の話も多くてうんざりする。白粉を叩いた顔に、キツい香水のニオイも嫌いだ。
しかし――ウンノは違った。
化粧しなくても整った顔をしていて、猫の目に似た瞳は興味を引かれた物を映す度よく表情を変えた。
ウンノの傍は爽やかな芳香がふわりと感じる。なんの匂いだろうと聞くと「虫除けのハーブオイルを付けてるんです」といつも持ち歩いているという小瓶を見せてくれた。
「シトロネラ・レモングラス・ラベンダーを調合してあるんですよ」
ウンノは虫が苦手だといい、それを避ける為の知識も持っていた。
カケルが言っていたように、ウンノは人に甘えない。竜の背に乗る時は流石に俺から手を貸したが、風が冷たくても文句を言わず、野宿をすると言っても「虫さえいなければ大丈夫です」と虫の心配しかしない。おまけに「私を使ってください」と。
余りに毅然とした態度の為、一人でも大丈夫だと思われがちだろう。
カケルに頼まれた、小さな願い。
俺は叶えることができるだろうか。