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「風竜、私とこの三人を国境までよろしく頼む」
「承知」
風竜から、低音のくぐもった声が聞こえた。
「しゃ、喋った!!」
心声とやらで風竜と喋ってたから、てっきり声が出せないのかと思ってたよ!
驚いてる私を見て、まさか心声で会話してたと知らないバッツが私に教えてくれる。
「なんだよ知らないのかウンノ。契約した竜達は、会話ができるんだぞ。いやー、うれしいっす! 俺、竜に乗るの初めてで!」
キャッキャとはしゃぐバッツに「落ち着け」と、ゴツンとハルドラーダが拳骨を落とした。アホ認定するぞ、あいつ。
うーん、ひょっとして心声って私にしか聞こえてないのかな?
(そのようだ娘。我も暫く心声を聞いておらず、つい懐かしく声を掛けた。とにかく乗れ。目的地まで送ろう)
そう言って(?)風竜は尻尾の先を、たらりとこちらに寄越した。
ジェネはその尻尾の先から、竜の翼の生える付け根の背中に向かい登っていく。うわ、竜の鱗ってツルツルしてて滑らか! ぐらつく私に、ジェネは手を寄越し繋いでくれた。厚みがあり、少しかさついた大きな手は私の手をすっぽりと包む。その合わせた手の平から、私のどくどくした脈拍が伝わってしまうんじゃないかと気になって仕方が無い。
「たーいちょ、過保護ー」
バッツ、からかわないで! その声に動揺して滑って落ちちゃうよ!
「うるさい、黙って来い」
バッツの茶化しに一喝したジェネは、体の固定をする為の紐を手繰っていた。
ちなみにフェロモン星人であるハルドラーダは、むやみやたらに放出される色気を抑える為の眼鏡を今はしている。
この眼鏡は、動物の角を薄く切り出し、薄く延ばして光が透けて見える程に磨いた物をレンズにしているらしい。サングラスっぽいのかな。ハルドラーダは眼鏡を掛けることによりおよそ六割の色気を抑えられるという、なんとも本人以外には非常にありがたい一品だ。
漫画の世界には、眼鏡を外すと絶世の美少女だった! というお決まりの設定があるが、実物は初めてだ。男だしおっさんだけど。
夜はやはり暗い為見えづらい為外しているが、耐性の無い私がいた為、ジェネが掛けさせた。
あの色気はホントにただ事ではない。私なんて色気があるなんて一度も言われたことないし自覚もある。あのフェロモンビームを受けたら、赤子はたちまち歩き出して抱きつくであろうし、老人は魂を天に召されてしまう事は確実。これは是非私も見習うべきであろう。そうだ、師匠と呼ぼう! 心の中なら問題ない。ハルドラーダ師匠、心の弟子これより色気修行頑張ります!
「ク……クク……ク……」
風竜が体を震わせて笑いを堪えていた……しまったーー! ダダ漏れだった!!
「風竜?」
何事かと尋ねるジェネに、風竜はサアッと翼を広げた。
「いや。我は久方振りに愉快な気持ちになった。ククク……。さあ行くぞ。落ちぬようしかと固定せよ」
ジェネとハルドラーダ師匠は、初めて竜に乗る私とバッツに竜船用の紐を括り付ける。命綱だね。
「準備はできた。ウンノ、バッツ、しっかりつかまるんだ」
うわー……怖い!!
むくりと立ち上がる竜は、もうそれだけで高い! 眼下に広がる景色は観覧車から見る景色に非常に似ている。ただ一点、囲いが無いって所が大違いだ。
大きく何度か翼をはためかせ、グッと足を踏みしめ一気に飛んだ。
一瞬ふわっと気持ちの悪い無重力状態を感じて目がクラクラしたが、速度と共に自分に当たる風の冷たさにブルっと震えた。
(寒い! そうか、いくら初夏といっても高度もあるし、風が体温奪っていくから冷えるんだ)
「ウンノ、大丈夫か?」
心配して声を掛けるジェネだけど、竜に振り落とされない為片方の手は綱に、片方は私を支えている。
寒いのは皆一緒だから我慢するけど……どの位の時間で着くんだろ?
(娘、寒いか)
(それはもちろん! でも送って戴けるだけありがたいですし、我慢します)
(……お主なら簡単な事だろうに。目覚めぬものとは不便だな)
(さっきも言ってましたが……何ですかその『目覚めぬもの』って)
(自覚無き者に話しても無駄だ。いずれ分かるだろう)
それきり風竜は黙ってしまった。答える気が無いらしい。
なんなのそれ。全くわからない。
私は、地球世界でリストラされてこれから転職予定の単なる二十三歳なんです。あー、なんでこんなとこいるんだろ。時間軸戻してくれるといってたけど、私はいつまでここにいるんだろ?
一ヶ月ほどで済めばいいが、数年単位だとすると、例えばコッチで私は三十超えちゃってて、元の世界に戻ったとき、戸籍上の年齢は二十三のままで……歳ごまかしてるって言われちゃうんじゃないんだろうか。それは勘弁してもらいたい。早く終わらせよう!
速度が緩やかになり、徐々に高度も下がってきた。どうやら目的地の国境付近に着いたらしい。
そろそろこの寒さにも限界だと思っていたから、助かった。
またも無重力状態の胃の腑がせり上がる気分になりながら地上に降り立ち、ガチガチに悴んでた手を緩めた私は、ようやく肩の力を抜いた。