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月明かりがほのかに照らすラスメリナ外堀門の傍にある木立に、二人の人影が見えた。
「ジェネシズ隊長! お帰りなさいッス!」
「竜船は?」
「はい、少し奥の茂みに繋いでありますッス!」
ヘンテコな敬語でジェネに言いながら、私の方に目を向けた。「だれだこいつ?」みたいな。
「ああ、私の従者として使えることなった。イル・メル・ジーンの弟でウンノだ」
「……げっ」
え。
ちょっと引きつってます? つーか、今明らかに「げっ」って言ってましたよね。イル・メル・ジーンさんって何者? ジェネの幼馴染って言ってたけど。明らかに関わりたくないオーラ出てますね。
「……まあ決まったことならしょうがないっス。あの人の弟にしちゃずいぶん可愛い子っスけどね~。隊長、従者をやっとつけることにしたんすスね。これでやっと隊長の魔窟部屋が片付く! 隊のみんな喜ぶだろうな~。ゴホン、俺はバッツ・ランカートン。よろしくなっ」
すっと手を出してきたのは、明るい茶髪に水色の瞳をした第一印象は体育系部活動などにいそうな、「おいっ、あと一点で逆転するぞ! 頑張っていこーぜ!!」と激を飛ばすような盛り上げタイプ。
「よろしく」と、軽く手を握り返しもう一人に目を向けると、腰が砕けそうになった。
(何なのこのナイスミドルは!)
四十代までにはいってないだろう見た目だけど、ありえないほど色気がムンムンしてた。そう、ホントにムンムンという表現が合っている。深緑色の髪を丁寧に後ろへ撫で付けてあり、同じ色の瞳は見ただけで天国へ召されそうである。「フェロモンビーム!」とか言って、目からピンクの光線出してもちっとも不思議に感じないだろう。というか、見えないだけで常に出ているのかも。戦闘の傷であろうか、額と頬に大きな切り傷があるが、それもまた色気のレベルを上げている。ワイルドさ+二みたいな。背も高く、ジェネより拳一つ分出ているかな? 私が百六十二センチなので比べてみると、バッツが百七十二、ジェネは百八十五、フェロモン星人百九十弱、と大体の見当をつけた。
いやぁでかいでかい。
騎士団だけあって鍛え抜かれた体躯をしている。しかし……その首のキスマークらしきものはなんだろうね?「さくやは おたのしみ でしたね?」と聞いてみたくなってしまった。薮蛇間違いなしだろうけど。
「私はハルドラーダ・メッシだ。あいつにこんなに可憐な弟君がいただなんて……信じられん。隊長、ウンノは本当に男ですか? 私には女の子としか見えませんが?」
うわー、いきなり来た!
そりゃそうだわ、こんな百戦錬磨(主に色恋沙汰)の手だれに、男女の違いなんて一目瞭然だろう。 十六歳設定だけど、思春期なんてとっくに通り越して、成人もしちゃった二十三の女ですからね。こんなアッサリ見破られるのも困るしなんとかしないと! なんとか……なんとか!!
「俺も、ちょっと男にしたら線が細すぎると思うんスけど~」
「バッツもそう思ったか」
「あの……」
「なんだウンノ、やはり女だと認めるのか?」
「いいえ違います! 実は……僕、女の子になりたい……んです。単身ラスメリナに来たのも、その方法があるかもしれないと聞いたからです。探してる最中資金が付きてそこをジェネに拾ってもらいました。実家には頼れないし、従者やってお金を溜めようと思いまして……」
「そ、そうか。疑ってわるかったっス」
「い、いえ」
く、く、く、苦しい言い訳!!!
苦し紛れに言った『女の子になりたい男の子設定』を、ハルドラーダはまだ胡乱げな目つきでこちらを見る。うわー、その顔も素敵過ぎる! ずるい! 心のカメラで激写しておこう。
そんなハルドラーダの様子をジェネはさえぎった。
「……ハルド、ウンノはそういう事情がある。なにより、イル・メル・ジーンの弟だからな」
「そうか……あいつの弟……。分かりました、そういうこともあるでしょう」
あるんかい!
弟ってだけで、怪しすぎる私を納得できちゃう程の人物なのですか? イル・メル・ジーンさんってば。
あー、それにしても何だよ私その『女の子になりたい男の子設定』って! ただでさえ従者として付いていき、王様に書簡を渡すという難題に自らイタい子の役割更に振っちゃうってどうよ?!
人に掘ってもらった墓穴を、重機使ってより一層深い穴開けちゃった自分。ついその穴へ埋まりたくなりました。