1 いざ国境へ
翔とジェネは、所用のためお茶を飲み終わると早々に部屋を出て行ったので、私も準備に取り掛かろう。まずは、用意された服を着ることにした。
男として従者として、ジェネについていくために男装は必須だとしつこいほどに翔から念押しされた。
動きやすさはもちろんだけど、女であるからこその犯罪に巻き込まれかねないからだ。元いた世界の日常では到底考えられないが、ここは生か死かの二択になる。限りなく後者の割合が多いとも……
男装していれば、狙われにくく、ドレスなど身に着けていないからいざというときの生存率が上がるのだ。
それについての提案には、素直に応じることにした。だってこれは現実だし怪我をすればしっかり痛いし、なにより生きて元の世界に戻り、再就職先へと行かなければならないからだ。
男装した私がレーンにたどり着いてからの行動というと、騎士団に潜入してレーン国王に会う機会を窺うというものだった。
食事の席でも色々聞いたが、王へ会うには、正攻法ではとても会える状況ではないらしい。今の王はまだ即位して二年にも満たない若干十六歳だという。傀儡政権を狙う腹黒じじいども(←翔が言った)が自らの手下を配置して年若い王を囲い、許可無く王に会うということは至難の技といえる。
どこが物見遊山気分よ……
これから向かう私としては、平穏無事に済みそうに無い旅に、陰鬱な気分になる。
頼れるのはジェネシズだけというのも、不安はある。
まあ、ずっとジェネにくっついて、お世話すればいいのよね。
シーツを加工して作ったさらしで胸をつぶし、ウエスト辺りは持参したタオルを巻く。成人式の着物でも、寸胴が良いとされる体型に補正するのと似てる。ジェネシズと似たような服を着て、髪はそのまま一本結びをした。男性が髪を伸ばしているのは良くあることだから、特に問題は無いらしい。
あとは自分の手荷物の中から厳選した物を小さな化粧ポーチに突っ込み、用意されていた必要最低限の着替えと共にショルダーバッグに入れて、完了だ。
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本日二十三個目のボンヤリとした光の丸い球体が、山の稜線から顔を出した。
その球体をみて、なんともいえない気分になるね。
だって、ほかにあと五個は浮かんでるんだよ? 夜空に! 月じゃなくて、丸い球体。
昨夜はあまり外を見ずにそのまま寝てしまったが、朝ジェネと城下におりたときにそりゃ驚いたよ!
太陽が六個浮かんでる!!!!!
あまりの天変地異振りに度肝を抜かれたけど、ジェネが言うにはこれが普通だそうで。二十四個の球体があり、それぞれ柄が違う。常に六個は空に浮かび、地平線から顔を出す球体の柄によって時間を知ることができるらしい。大体十二個前後で昼夜が変わり、季節によってそれが十個だったり十四個だったりとするそうで。
はー……
改めて異世界なんだなと思い知った。知ってる本には書いてなかったな。自ら体験してみないと分かりえぬ事が多い。
今私がいるのはここラスメリナの城における内堀を渡る橋の手前だ。城外へでる外堀を渡ると、ジェネの部下が待機しているらしい。
「じゃあ、ねーちゃんよろしく!」
ニコニコっと私の肩を軽くポンと叩いた翔は、「ああそうそう」と自分の右手小指に嵌めていた指輪を私に寄越した。
「これ、まあお守りだから付けてって?」
「……? うん、わかった」
笑顔だけど目が真剣なので私は受け取り、右手の薬指が丁度良かったのでそこに収めた。
ユーグさんは「無事に戻ることをお祈りしています」と、涙でぐちゃぐちゃ顔を濡らして泣いてるサーラの肩を抱き寄せながら言った。
私はサーラの手をギュッと握って「帰ったら一緒にお料理するからね!待っててね!」と、にっこり笑った。
大丈夫、またちゃんと戻るからね。
「さあジェネ、行きましょう!」
「いいのか?」
クルリと皆に背を向けた私に、ジェネは尋ねた。
「いいんです! 決心鈍りますから早く行っちゃいましょう!」
「そうか」
「ジェネ、頼んだよ?」
翔の声掛けに、ジェネシズは剣の柄をグッと握り
「行ってくる」
と一言呟き、私と共に並んで歩き出した。