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* 番外編 一週間 20 最終話


 食事が終わり、キレイサッパリ全て食べつくされ、冷蔵庫の中身も片付いた。――ええ、一応予備にと買っておいたカップラーメンすら、綺麗に。

 翔が言うには、『力』を使うと食欲と睡眠欲が増えるからだ、と。私もそうなってしまうのだろうか……ちょっと怖い。

 ご馳走さま! と自室に入って、またすぐ出てきた翔は何故かスーツ姿だった。

 相変わらず似合わないわね……。

 何度か見た事のある翔のスーツ姿だけれど、着こなしが悪いのか童顔な顔が悪いのか、どうしてもちぐはぐな印象を受けてしまう。

 

 「翔? どこにいくの?」


 その姿に疑問を持った私が食器を洗う手を一旦止めて尋ねると、ネクタイを首に引っ掛けただけの翔は「久しぶりに会社に顔を出してくる!」と答えた。


 「いやー……どっちも久し振りすぎてさ、行くの怖いわー。気が重いー。車のほうは何とかなるけどさ、こっちの――あ、かーちゃんから聞いただろ? 輸入関係の方だよ。うちの課長すっげー怖いからやだなぁ……」


 車も輸入も営業の仕事をしている翔。そして異世界では王様。

 こう文字だけ羅列すればすごくデキる男なのに、どうしてこう……翔というだけで残念なんだろう。

 また夕方には戻るよっ! と文字通りすっ飛んでいった翔。つまり、夕方には私達もいよいよあちらの世界に行くことになるのだ。



 短いようで長かった一ヶ月。

 長いようで短かった一週間。

 時間の長さは、心の充実度によって感じ方が変わるんだね。


 あとに残された私とジェネ、それからロゥと優実さんで、今までの事やこれからの事について話し合う。

 ロゥは自分がいない間のレーンでの国内情勢について、ジェネに質問をしている。今回の大きな事件により様々な法の整備が行われた。騎士団内にも処分を受けた者がいるのでその人員の充当方法や、精霊姫――つまり私なんだけど――精霊の暴走が止まり天候の安定がみられたので、田畑の整備と収穫を迎えたときの税制改正に至るまで、細々……。


 深く突っ込んだ話もあり、私と優実さんには難しすぎて……その間二人で女子トークに花を咲かせた。

 優実さんについて色々聞かせてもらったり。

 望月優実二十九歳、主要駅近くの病院受付をしていて、住まいは最寄り駅近くの実家住まい――。そうだよね、生活圏が違うんだ。私もよく主要駅に行ったりするけれど、ここらへんに住む人は駅まで徒歩で行くとなると三十分はかかる。その三十分歩くのならば、同じ時間バスに揺られた方がましだとそういう理由だ。あちらは駅の近くにスーパーがあり、こちらはバスの停留所の横にスーパーがある。

 そりゃ顔見ないわけだよ。

 小学校の学区が違い、中学校は同じだけれど六年離れていたら全く分からない。直線距離なら大して離れていないのにね。


 「ねえ翔子ちゃん、私に料理教えて欲しいの」


 色々話すうちにすっかり打ち解けた私達。

 年上と言うこともあり、私に向かって敬語で話されるのはどうにもムズムズしてたので、距離が近くなって嬉しい。

 料理をもっと上手になって、ロゥに食べさせたいようだ。

 わかるよー! 好きな相手に自分の手料理食べてもらうの、嬉しいもの! 体調管理もしたいしね。

 私は近衛騎士団の食堂で働くので、時間をみて教える約束をした。 


 それから優実さんは、どうしても気になることが……と小さな声でコッソリと私に耳打ちをしてきた。


 「男も女も関係ない常春頭の節操無しに比べれば……って前にロゥが言っていたんだけれど、翔子ちゃん、知ってるかしら?」


 え。

 いるにはいるけど。いえ、確かにいるけど約一名。

 恐ろしいほどに色気が溢れて男女問わず惑わす、本当の意味の色男が。


 「つまり、男と男がアリって事よね? 紹介してとまでは言わないけれど、是非観察を……いえ、ちょっと見てみたいの!」


 「あ、あはは……。すぐに会えると思うわ」


 優実さんはとても清潔感があってパリッとした美人さんだけど、その手の類を鑑賞する趣味があるようだ。是非存分に堪能して下さいと言ったら「スケブ持ってかなきゃ!」と、こぶしをぐっと握って頬を染め、「ふふっ、ふふふふ……」と期待に胸を膨らませていた。


 「ユミ? あまり飛ばさないで下さい」


 「あら、いやだわ。私とした事が……。ゴホン、私もレーンの国に行けるのを楽しみに待ってます!」


 様子に気付いたロゥが優実さんの手を握って窘めた。

 やれやれと肩をすくめ、それでも愛しそうに熱を持った視線で優実さんを見るロゥは幸せそうに見えた。



 空から降り注ぐ光は徐々に赤い衣を纏い、昼と夜は茜色の濃淡をもって入れ替わる。

 翔はまだ仕事から戻らないけれど、それも時間の問題だ。


 「じゃあ、私はそろそろ……帰るわね。見送ること出来なくてごめんなさい」


 優実さんが立ち上がり、それをロゥが玄関先まで送る。

 ジェネも立とうとしたけれど「野暮な事しないの!」と腕を捕まえ再び座らせた。私が『扉』を習得するのに一ヶ月と言う期限ある。……いえ、ロゥによって決められたんだけど。私が出来なければもっと長い間待つことになる二人。暫しの別れになるかもしれないけれど、そこは二人きりで挨拶を交わしてもらいたいから。

 ジェネだって分かるでしょ? と言ったら――。


 「急すぎて俺達は挨拶も何もしていないぞ? しかし待機する辛さは理解できる。この度の休暇が無ければ、俺は今頃……」


 ジェネの視線は吐き出し窓から見える茜雲に向けられ、後に続いた言葉は部屋に入ってきた風によってかき消えた。

 ジェネの端正な面立ちが夕焼けの色に染まり、私はただ黙ってその横顔を見つめる。

 今日まで本当に色々な事があった。一言で片付けられない、私の人生が根底から覆ってしまうほどの大きな出来事。

 

 小説の舞台が実は本当にあり、次元を超えてこちらとあちらが交わって。

 母子家庭だと思っていたら、あちらの世界の英雄である騎士アルゼル・クランベルグと精霊姫のリィン、まさにその二人の子供で、事情があって離れ離れになったからだ……とか。双子で生まれた姉の私と弟の翔。その翔はなにやら色々な才能を開花させ、ありとあらゆる異世界を旅することができるトリッパーになっていて、何故かラスメリナと言う国で王の座に納まって……。


 で、今に至る。うん、間を端折ったけど、本当に色々ありすぎたから。

 私は精霊姫となり、あちらの世界で生活の基盤を築いていく決意をした。そして私の隣にはジェネシズが立ち、共に支え合って生きていくんだ。


 「――団長とリィン殿に、戻ったら早速挨拶に伺おう」


 ジェネは私の頭をポンポンと大きな手で二回撫で、手をおろして今度は私の薬指に光る指輪をなぞった。あれ? な、なによその意味ありげな視線はっ?!

 

 「今後の事だ」


 「今後って……あ、優実さんどうだった?」


 何を両親に話そうというのか、それを聞こうとしたらロゥが戻ってきた。


 「笑っていましたが……無理をしていますね。ということでウンノ、一刻も早い習得をお願いします」


 お願いします、の所で妙に力が篭って……うわっ、目が本気だ……!

 喉の奥がひくっとなって声が出せず、カクカクと頷く事しか出来なかった。怖いよぉ!


 

 

 「ただいまー! やー、疲れた疲れたっ。もうあの課長、俺のこと何だと思ってるわけ? 鬼がいたよリアル鬼!」


 帰ってくるなりポイポイとスーツを脱ぎ捨て、玄関から転々と服を落としていく。

 

 「もうっ! 散らかさないでよ」


 「帰る早々騒がしいな」


 「聞いてくれよジェネ! 俺一応上司なわけ。じょ・う・し! あー、ろーったら何その目、疑わないでよ!」


 「カケル殿が上司と聞くだけで、部下諸々社の方たちに同情を禁じえないだけです」

 

 「全くだ」


 「ひどっ!」


 両手で顔を覆い、よよよと泣き崩れるがどうみても演技だ。本気で話を聞くのがばかばかしいとばかりにロゥは電話帳を捲って読み始め(そ、それ面白いの?)、ジェネにいたっては戸締りの確認へ行ってしまった。

 

 「で? どんなご迷惑掛けてきたの?」


 「迷惑前提なのっ?! いやほら違うよ! 前に僕が来たときはさー、やたらめったら課長ご機嫌でね? ……だから、ちょっぴり溜めちゃった書類なんかをコソーっと……」


 「ばかっ、怒られるに決まってるじゃない!」


 そりゃ当たり前だよっ! ああもうゴメンナサイ課長さん……!

 脱ぎ捨てられたスーツを皺にならないよう拾い、ハンガーに掛けながら部下である課長さんに心の中で謝った。


 翔の会社での立ち位置は”遊撃手”であり、出社などは自由なんだけどその分結果が求められる。車の営業では、何故か社用車として何台もまとめてお買い上げー! など上手い具合に大口の客を捕まえてくるので、社長に大事にされているらしい……たとえこんな翔でも。

 輸入家具会社の上層部は異世界トリップ経験者などが名を連ねており、世界各地に支社がある。ここのとある地方も勿論そうで――ちなみに母親は暫く社長をしていたらしいけれど、翔からそろそろかもと言われて役職は降りていた――社長以下役職付きは異世界の事や翔の事を知らされるらしい。

 表向きは全くの一般企業と変わらない為、社員の多くはまさか異世界からやってくる家具とは知らずに取り扱っている。上役はそれを観察し、適応できる人物を昇進させている……と。

 

 ああそうか……ラスメリナでもユーグさんに事務処理丸投げしてたもんね。

 いつか課長さんのところに菓子折りの一つでも贈らせてもらおう。


 「ショーコ、設置しておいたぞ」


 「ありがとうジェネ!」

 

 ジェネが各部屋を回り、戸締り確認後に置いてくれたのは――『旅の石』。留守でもアレが来ない。アレ……アレとは……虫……。

 う、うん。もうこれは一生手放せないねっ!

 

 そして、私達は翔の部屋に移動した。

 来た時は玄関から入ってきたのに? と不思議に思ったけど、それは四人の大人が一緒に移動ともなると目立つからだ。


 「じゃー行くよ。忘れ物無いかな? ねーちゃん、よく見といてね!」


 翔は両手の人差し指を目の前に差し出し、そこを頂点として左右に分かれて円を描いていく。ただの円ではなく、合間に小指で文字らしき字を書きながら――。


 「えっ、それどうやっ――」


 「開くよ!」


 翔が書くそれは赤い軌跡となり、最下部まで行くとより一層光が増した。両掌を真っ直ぐ伸ばし、その円の中心から観音開きのように押し開いて――――。


 「ちょっと、翔、まっ……!!」


 


 *****




 こうして、ジェネとの一週間が終わった。

 長くもあり、短くもあり。

 

 レーンに着いたら翔はまたラスメリナへと戻った。

 「扉の練習は?!」と聞いたら「もう見ただろ? 自主練しといてー!」と言うが早いか待機させていた風竜に乗って飛び立ってしまい、翔の背中を見送るロゥの静かな怒りがとてもとても怖かった。

 両親へ挨拶をとジェネが言っていたので、帰還を知らせるのかなと思ったらなんと「結婚させてください」という挨拶だったり。

 両親も、ちゃんと世間に夫婦である事を宣言したり。

 結局扉が上手くいかず、ロゥに言いくるめられて単身ラスメリナに行って翔の元修行したり。

 マルちゃんがレーンの国始まって以来の治世を行ったと褒め称えられるのは、ちょっと先の話。





 こうして私『海野翔子』は。

 精霊姫として、そして近衛騎士団の食堂で働く一人として、そして……。


 「ショーコ、いくぞ」


 「はいっ、ジェネ!」


 差し出された大きい大きい手に、自分の手を重ねる。



 私はジェネシズの妻となった。

 二人寄り添い暮らしてい――。


 「ねーちゃんちょっとコレどうしたらっ!!」


 「なにやってんのよっ!」


 穏やかにはいられないけれど、とても満ち足りた幸せな日常を過ごしています!







おわり。





これにて完結です!

ありがとうございましたー!

また活動報告など見てくださいね。

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