* 番外編 一週間 19
暫くして、ドアの向こうからしていた話し声が消えた。
……。
……。
「話、まとまったのかしら」
「見にいけばいいだろう」
「や、それはちょっと……タイミングってものがあるかもだし」
「ではどうする」
「うー……」
ロゥが言い出すまで待つべきかどうか。
ジェネと二人で頭を捻っていると――。
ぴんぽーん
がちゃっ
「たっだいまー!」
能天気な声、どすどすと廊下を歩く音、そしてドアを開ける音。
「おっ? ろーがいるじゃん。あれっ、ここ僕んちだよね? 何してんのここで。えーと、えーと……こちらの方はどちらさま? っていやそれよりねーちゃんどこー! お腹空いたんだけどーっ!」
あ、相変わらずね……翔。なんだか一気に力が抜けちゃったよ。
帰るなりドタバタうるさいのは何歳になっても変わらないらしい。初対面の優実さんもいるから紹介をしたいし、それより何よりまずは謝罪させないと!
部屋から急いで出て、リビングにいる翔の腕を捕まえ振り向かせる。
「こら! 先に色々言うことあるんじゃないの?!」
「あっ! ただいまねーちゃん!」
「違うでしょ! ロゥによ!」
「ごめーん! ……いぎゃっ!!」
「軽いよっ!」
ゴチンと頭に拳骨を与えたあと、ロゥに向きなおって深々と頭を下げ、翔の頭も押さえつけるようにして下げる。
「本当にごめんなさい。このアホ翔が多大なるご迷惑をおかけしました」
「ごめんなさーい」
「ああ顔をあげてください、ウンノ。貴女には感謝していますから」
「僕は?!」
「……多少は」
「あーそー。まあいいじゃん、相手見つかったんだろ? よかったよかった!」
ピッタリと寄り添う二人を見て、翔も気付いたようだった。その上でロゥが相手を見つけたということを、翔の中で『クシャミでウッカリ☆』はチャラ、と片付けたらしい。
そ、それとこれは別問題じゃないかな?!
「それはともかくさ、僕お腹すいたんだよ。もう出来てるじゃん食べよう食べよう! ひゃっほう!」
「あ、こら翔! 皆で食べるんだからダメよ!」
「えー、いいじゃーん」
「よくない!」
ゴチンと翔の頭に再び拳骨を与えると、大げさに痛がって見せたが誰の同情も引かなかったようだ。ジェネですら「自業自得だな」と冷たく突き放した。
一人増えたけれど、量は沢山あるので問題はないだろう。あるとすれば翔だけだ。
「じゃ、ちょっと待ってね? ご飯にしましょ」
「あ、手伝います」
「ありがとう優実さん」
食器やら料理をテキパキと運んでくれてすごく助かる。その間翔は自室に飛び込み、ジェネとロゥは情報交換をしていた。
小皿やお箸が並び終わった所で五人で食卓を囲んだ。
「うっはー! やっぱねーちゃんの料理サイコーだよ! そうそう、ねーちゃんの料理食べたくて今回来たんだよねー!」
口いっぱいに頬張って食べる翔に、違うだろ! と私だけでなくジェネもロゥも……初対面であるはずの優実さんまでもが口を開きかけ――しかし、それぞれがあさっての方向に視線を逸らせ、それぞれが黙って言葉を飲み込んだ。
うん、それ、すごく正解。
対翔における対処の方法は問題ないとわかった。優実さんにはそのスキルがあってよかったよ。
優実さんは優実さんなりに翔という存在を大体で推し量ったようで、隣にいるロゥにこそっと耳打ちをする。その内容は近くにいた私にも聞こえた。
「……災難だったわね」
「お陰で運命に繋がりました」
翔にそれ相応の対処を、とは言っていたロゥだけれど。
優実さんに出会えたことに、今の言葉からして本当は感謝しているようだ。しかしそこはロゥ。これを何かしらの取引材料にするのではないか、とはジェネの談だ。こ、怖っ!
翔とジェネのお陰で、沢山作ったはずの料理は片端から消えていった。
目を丸くして驚く優実さんに、ロゥはそれを見越して先に確保しておいた料理を渡す。
「ウンノの料理は美味しいですよ。規格外を見ていないで食べましょう」
「あ、は……え、ええ……」
そう言って、箸を伸ばし口に運んだ優実さんは「美味しい!」と言ってくれた。お口にあって良かったわ、と思わず顔が綻ぶ。やっぱり私は人に喜んでもらえるのが好き。
レーンの食堂で働くのがとても楽しみだ。