* 番外編 一週間 18
レモングラス、ミント、タイムのドライハーブに熱湯を注ぎ、程良く抽出したところで葉を取り、はちみつを加えてティーカップに淹れた。
お盆に乗せ、リビングテーブルに向かい合って座るそれぞれの前に配る。
私はジェネの隣に座り、ロゥが語る一ヶ月に耳を傾けた。
翔にウッカリで飛ばされ――優実の上に何故か落ち、ストーカーに付け狙われていたという所を助け、居候させてもらえることになった。
そこで先にこちらへ来ているはずの私を捜しながら、こちらの政治経済文化などを学び、ようやく昨日出会えたという運びだ。
うぅ、ごめんなさい。私、後半引きこもっていたから探しても出会えないよ……ね?
不安で不安で押しつぶされそうだったあの一ヶ月。もちろんロゥが翔のウッカリの犠牲となってこちらに飛ばされていたなんて知らなかった。だけど、ジェネが来てそれを知って、でも私は近所の人に尋ねる程度でちゃんと探していなかったのは事実だ。
身の縮む思いで謝罪をすると、ロゥは苦笑を浮かべながら「もういいですよ」と言いながら緩く首を横に振った。
「私がこちらに来て、ユミに会えた事は感謝しています。ウンノが気に病む事ではありません」
しかし、とロゥは私の目をしっかりと見て続ける。
「カケル殿にはそれ相応の対処をさせていただこうと思います」
「あ、あはは……お任せするわ」
ロゥと優実さんは、一旦離れ離れになる。
明日帰るなんて急すぎて、社会人として生活をしていた優実さんには様々な準備ができていない。仕事を持ち、家族に説明をして……などを考えると、何もかも捨てて付いていくなど出来ないからだ。
後顧の憂いのないよう、こちらに迎えに来るまでの期間支度をしてもらうとロゥは言った。
私が翔からこちらとあちらの世界を繋ぐ『扉』を教わる事をロゥにも伝える。翔は流石に王としての責務があるから、今現在自由に動ける時間が殆ど取れないらしい。私が教わって、『扉』が開ければ優実さんも行き来が可能になるだろう。
離れるのは寂しい。しかも異世界だ。容易に連絡の取れない距離に置いておかれる気持ちはこの一ヶ月で良く分かる。
だから、優実さんがレーンの国に行く不安をできるだけ軽くしてあげたいとの一心で、ロゥの隣でじっと俯いて座る優実さんに向かって声をかけた。
「ロゥと遠距離以上の別世界で暫く待つの……優実さん、寂しいよね。だから私、頑張って『扉』を開く練習するから!」
俯いたままの優実さんに代わって、ロゥが答える。
「一ヶ月でお願いします。それ以上は待てません」
「ええっ?!」
ちょっと! ロゥ厳しいじゃない!
どれだけの修行になるか分からないけれど、それをあっさりと身に付けろと言うのはあまりに厳しくないですか? でも、何とかなるような予感もしていた。
「うん! 大丈夫!! 頑張って一ヶ月で扉を開けるようにしてみせるから。 大丈夫よ、翔に出来て私に出来ないなんて事はないと思うわ……多分」
「大体で話すのは、お前達双子の悪い癖だな」
ジェネは呆れた様に私を小突くけど、「だって見た事ないもの」と少し開き直って答える。奥底で眠る『力』というもの。なにかつかめそうな気がするその存在は、いまだ不確かだけれど……翔によってそれをくっきりと浮き立たせれば私にも扱える気がするんだ。
「と、とにかく! 優実さん、待っててね?」
「あの……何を?」
「え?」
酷く青ざめた顔を向けた優実さんは、うっすら目に涙を溜めていた。
会った時には笑顔を見せていたけれどあれは作られたもので、こちらの『今』の表情が素の表情だと分かってしまった。
何か……何かまだ、伝わっていないのかな? ロゥとしっかり意思疎通取れていない部分があるんじゃないかな?
分かっていない様子の優実さんは、頬を緩めぎこちなく笑う。それを見たロゥは大げさに溜息を吐いて軽く目を伏せた。
「ユミは人の話を聞いていない時がたまにありますよね。そして、必ずその笑顔で誤魔化そうとするんです」
「……なんか、ちょっと二人で話し合ったほうがいいみたいね?」
「ええ、そうさせて頂けますか?」
私の言葉にロゥが頷く。
もう時間はない。ここで二人でその気持ちのこじれた辺りを解さないと。
立ち上がってジェネの腕を引く。
「ジェネ、ちょっとこっち!」
「どうした?」
「いいからっ!」
何も気づいていないジェネは二人で話し合うように言った私の意図が掴めないらしいけど、されるがまま立ち上がる。
リビングから私の部屋へ移動した私たちは、ベッドに腰掛けた。
「どういうことって、そういうことよ」
「全くわからんな」
首を捻るジェネに、体をぴったり寄り添ってぎゅうっとジェネの硬い腕に絡ませる。
「こういうことよ」
「こういう……」
「運命の相手」
「……は?」
ロゥと優実さんは、想いは同じだけどどこか小さくずれている。異世界というただでさえ常識外な事象の前では『想像すれば分かるだろう』という態度では全く通じない。会話によってお互いの考えをすり合わせてようやく重なるものだ。
どちらも、声にしないとダメだよ。
「しかし、あのロゥがねえ……」
甘い甘い雰囲気。
宴会をしている時、イル・メル・ジーンに恋人の一人でも作りなさいよと言われていたロゥは、全く興味がなさそうに葡萄酒の入った杯を傾けていた。
――生憎その方面は全く興味ありませんので。
あんなこと言っていたけれど、運命の相手に会えてロゥは変わった。冷静沈着、クールな印象なロゥが柔らかい空気をたたえるようになった。
「ロゥのお父さんに早く教えてあげたいわ」
「ならば修行をがんばるんだな」
「うっ……ハイ、がんばります」
ポンポンと頭を撫でられ、それが余りに心地よくてジェネの胸に頭をすり寄せる。
「私、ジェネにそうされるの好き」
「お望みならいくらでも。俺の大事な姫君」