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* 番外編 一週間 17



 ……サヤカからのプレゼントは、嫌な予感が当たっていた。ええ、思いっきり。

 ジェネは喜んでいたけどね。しかしあちらの世界に持って行っても使えないものも含まれているので、それは私の部屋に仕舞っておく事にした。厳重に厳重に奥底に隠してね!

 

 もう一度お風呂に入りベッドに横になろうとしたら、ジェネが何か小さな包みを手にベッドに腰掛けた。


 「何持っているの?」


 「目、閉じて」


 なんだか分からないまま正座に座りなおし、手は膝に置いた。

 カサカサと何かを開ける音がしてから、左手をとられ――硬い何かが私の指を通り、手の甲へ熱い吐息と共に柔らかな温もりが押し付けられた。


 「ひゃっ」


 「もういいぞ」


 手を握られたままそおっと瞼を持ち上げると、そこにあったのは……。


 「これ……って……」


 「ああ、サイズが合ってよかった」


 左手の指に収まっているのは――――指輪。しかも、薬指に。

 それをジェネの少しかさついた親指が優しくなぞり、そのたびに煌く光で存在感が増していた。


 「サヤカさん達からこちらの風習を聞いて、ショーコに贈りたくなった。俺の選んだ物をずっと身に付けていて欲しい」


 そういってジェネは私の頬を両手で壊れ物を扱うように挟み、私の瞳の奥の奥を覗くようにじっと見据えた。


 「所有の証だ」


 ジェネの色――深い、海の底の色。それが真っ直ぐ私を射抜き、私の『私』である部分へじわりと、ジェネシズという一人の男性の色に染められた。

 私がいるから彼がいる。彼がいるから私がいる。

 全てを頼るわけじゃない。けれど、精神的な繋がりを持ってより強く立てる。そんな二人でありたいな……。


 私が大好きなジェネの瞳が近づいてくる。私は瞼をそっと閉じながらそれを受け入れた。




 朝から煮炊き、洗濯、掃除など、出来うる家事を効率よくこなす。暫く留守にするので、いくら綺麗にしても様々な差し障りが出てくるだろう。

 コンセントを抜けるものは抜いて、出せるゴミは全て出したい。

 近所の人に暫く海外に住むのでと伝えたら、手紙など預かるよと申し出てくれ、ごみも玄関横に置いておけば一緒に集荷の日に出すよと言ってくれた。

 手紙は溢れてしまうと確かに防犯上不安になるから、ありがたく甘えさせてもらう。

 それにこの人は信用がおける人なので大丈夫だ。なんといっても翔が懐いていたから。ああ見えて翔は人を選ぶ。飄々とした態度は崩さないけれど、透明な壁を作り一定の距離を測っている。殆どがなんとなく、という理由だけれど翔がその壁を作る人は……確かにあんまりな人が多かった。


 煮込みの鍋を下ろし、次の鍋を乗せる。煮物は冷めるときに味が染み込むので、その間に別の料理を作るのだ。

 鍋に水を入れて火をかけ、沸騰するまでの間にまた別の支度を始める。

生活は、出来るだけあちらの世界に合わせるけれど……下着はどうしても自前のを持っていきたい。 

 男装の時サラシでずっと締め付けていた胸は苦しく、逆に侍女服の時は胸に支えがないのが何とも心許なかった。周りから見えるものでもないからいいかな? と、幾つか荷物に忍ばせた。

 イル・メル・ジーンが興味を持っていた化粧品、たまに欲しくなる醤油……歴史を変えるようなものではなく、自分の周りだけで済ませられる類の細々した物をバッグに纏めて部屋の片隅へと寄せておく。

 ジェネはその間に掃除をしてくれている。器用に何でもこなすので、どうしてあの執務室が魔窟になるのかが不思議で仕方が無い。まあ……折角なので、普段出来ないような高い所もお願いした。

 

 ピーと電子音がして、オーブンレンジからキッシュを取り出し、続けて次の料理を入れる。グラタン皿に並べておいたナスとトマト、それにニンニクの味を移したオリーブオイルで炒めておいた挽肉を重ね、味付けは塩コショウ、タイム、ナツメグ。上に乗せたチーズが溶け、中に火が通るまで焼く。

 キッシュはスモークサーモンとほうれん草とジャガイモで作り、適当な大きさに切り分けてお皿に盛った。

 他にブロッコリーとゆで卵のサラダ、赤ワインと玉葱で時間をかけて作った煮豚、炊飯器で炊いた海老ととうもろこしのピラフ、フライパンで作ったパエリヤ、白菜を焼いてツナに粉チーズとバジルとオリーブオイルを混ぜておいたものをかけたサラダ、ひよこ豆とチキンの煮込み、アサリが少し余ったのでクラムチャウダーも。余っても持っていけるようにアニスシードのクッキーや、レモンのすりおろしを入れちょっとラム酒を効かせたパウンドケーキも用意する。


 大皿に盛って飾り付けをしていたら、インターホンから呼び出し音が。

 「はーい」とモニター越しに返事をすると、「ロゥです」とよく通る声で簡潔に名乗りがあった。手が放せないので後を振り返ってテーブルを拭き上げていたジェネに声をかける。

 

 「ジェネ、玄関に出てくれる?」


 「わかった」


 再び受話口に向かって「ちょっと待ってね」と伝え、ふきこぼれそうだった鍋の火を調整し、お茶の準備をする。うーん、そろそろかなー? と、オーブンの中を見て。……あれ? まだ入ってこないのかな? なかなかジェネとロゥが来ないので一旦手を止めて玄関に向かった。


 「ジェネ、何をしているの? 早く上がってもらったら?」

 

 玄関のドアを半分ほど開けジェネとロゥが立っている。けれどその間に、何か別の人影が見えた。 


 ――ロゥ、と……女の人?

 

 ロゥに寄り添うようにして、こちらをどこか驚いたように目を見開く、綺麗な女性が立っていた。

 ロゥは自然な仕草で彼女の腰を抱き、こちらから見ると『とろけそうな』眼差しで見下ろしている。ああ、これはつまり――。


 「初めまして、望月優実(もちづきゆみ)と申します」


 緊張は僅かに感じるものの、にっこりと綺麗な笑顔で自己紹介をしてきた。


 「ああ、そういうこと」


 嬉しい。単純にもう嬉しいよ。なるほどね、ロゥはそういうことだったんだ。


 「初めまして、私は海野翔子です。あ、とにかくここでは何ですから上がって? ほら、ジェネも早く」


 ジェネはさっぱり気づいていないようだけど、私には分かってしまった。

 だって、私も同じだから。


 ――運命の相手。


 ロゥは時空を越えて、彼女の元に落ちたのね。

 経緯は分からないけれど、想い合っているのは見て取れる。翔が来るまでの間、話を聞かせてもらおう。





サヤカからのプレゼントの内容はまた近いうちに「月」にてw

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