* 番外編 一週間 15
「はいどうぞ」
一周歩いて元の売店で二本牛乳を買った。なかなかお目にかかれない瓶入りの牛乳で、コーヒー牛乳と二種類ある。腰に手を当てる作法も忘れずにジェネに伝え、紙製の蓋を捲ってグイッと飲む。ほんの二十分間歩いただけなのに少し熱くなった体には、冷たい牛乳がとっても美味しかった。
「ショーコ、ついてる」
ぐいっと私の口元を指で拭い、そのままそれをぺろりと舐め取った。
う、わ……こんなこと自然にやるなんて、この人実は天然? と、彼女の立場にいる自分としては他にそういうことしないかどうかコッソリ心配をする。
牛乳瓶を売店に返し、少し離れた位置に立っていたジェネは、どこかをじっと見ていた。何を見ているのか隣に並んで視線を追うと、「気になっていたんだが……」と、山の火口にある物を指差した。大室山は休火山で、すり鉢状に窪んだ火口には何故かアーチェリーが体験できる施設がある。分かりやすく弓矢の練習場よとジェネに伝えてからそういえばと思い出し、そこに続く階段を下りる。
「ショーコ?」
「ああ、違うの。練習じゃなくて、用があるのはこっち」
火口との間に、ひっそりと祭られた社がある。
全国でも珍しい浅間神社で、永続性を表す神として知られており、だからこそ私はここに願い事をしようと思った。願わくば、ずっと、ずっと――。
作法に則り拍手と拝を重ね、「じゃ、行こ」と促した。
「ここは一体なんの……?」
「ふふ、ナイショ」
ご利益は様々いわれがあるけれど、これから先の未来の為に祈った。
帰りは再びリフトに乗って降りる。行きとは違い帰りは眼下に広がる景色は広大に広がり、足元も一番下まで見えるからちょっと怖い。左側に座っていた私は、ジェネの左手をぎゅうっと握った。そこでふと、サヤカと交わした時の様子を思い出す。
「ジェネ、そういえば剣の柄を握るみたいにしてたね? 無意識だろうけど」
「そうか? 気が付かなかったな。腰元に剣がないとどうも体の一部が欠けた気がして心許無い」
癖だな、とジェネはほんの僅かに口角を上げた。
「柄を握るのは……俺なりの証を込めているからだ」
一旦私の手を離したジェネは、左手を腰の辺りで握って真摯な目で私を見つめた。
「過去も現在も……そしてこれからの未来も全て愛している」
あ……。
私がさっきの社で願った、まさに同じ想いをジェネも言ってくれるだなんて……すごい。
「またレーンに戻ったら仕切りなおさせてくれ。どうも格好がつかない」
握った左手を開いたり閉じたりする様子に、堪えきれず吹き出してしまった。
か、かわいいよジェネ!
笑い出す私に憮然とした表情を僅かに見せながら再び私の手を握り締めるジェネ。
私は地上に下りるまで約十分間、ふわふわと夢心地でリフトに揺れた。
在来線、新幹線と乗り継ぎ主要駅に着いた。
あとは自宅へ向かうバスに乗るという段になって、ジェネは寄りたい所があると言い出し私と別々に帰る事になった。
私も付いて行こうとは思ったけれど、「先に帰って夕食を作っていてくれ」とバスに乗る私にヒラヒラと手を振った。
一体どこに寄りたいというのだろう。
明日には翔が迎えに来るから、少しこちらの世界を冒険したくなったのかもしれない。お金は軍資金の中から渡してあるし、使い方も分かっている。言葉も通じるから困った事態にはならないだろうと結論付けて、一旦頭を切り替えて今夜のメニューを考える。
……確か今日、あそこのスーパーが夕方市で安くなってたな、と普段は利用しない少し離れたお店を思いつく。
いつも使う終点の停留所から一つ手前の停留所で降りて店に向かう。
――あぁ……歩きなのに、そう言うときに限って買いすぎるのよね……。
ウッカリあれやこれやとついつい買いすぎてしまった。
だって! 豚肉の塊が底値といっていい値段だったし! ぶかぶかしていない白ネギが三束で安かったし! いつもと違うお店というのも気分が変わって楽しかった。戦利品をエコバッグに詰めて、帰路を急ぐ。豚肉は煮豚がいいかなー、それともゆで豚にして……と料理法を考えながら角を曲がる。
すると遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。
「ん……?」
キョロキョロと見回しても呼んだらしい相手は見つけられず、聞き間違いかと再び歩き出そうとしたら――。
「ウンノッ!」
荒い息をつきながら私の目の前に駆け込んできたのは。
「……っ! ロゥ!」
「ようやく、見つけました……」