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 調理場に着くと、それまで天使のような笑みを顔に張り付けていたサーラが、極悪な顔に変化した。

 こう……メンチきかせるっていうか? サッと目をそらし、私は調理場の設備を確かめる。

 うーん、なんていうかキャンプの調理場に似てるかも! 調理台と、かまどと、水がめかな? あとは鍋やフライパンや、知っている調理器具がひとそろいある。食材はどうかな、私が使えるものがあるのかな。

 今まで読んできた小説には、あまり食事の描写が出てこない。大抵野宿で、そのあたりの獣を捕らえて焼いて食べたとか、『食事をすませた』の一言で終わっていたので何一つ参考にならない。過去の召喚体験者! 後世に伝えてよ!

「アナタ……邪魔よ」

「へ?」

 調理場をウロウロする私に、サーラは焦れたらしい。ユーグに頼まれ嫌々(私以外おくびにも出さない)付き合ってはいるが、本当は私なんかの相手したくないのだろう。

「変な服着て馬鹿みたい! なんでアナタみたいのが来ちゃったの? 」

 きょとんとした私にキャンキャンと金切り声で罵詈雑言浴びせ、大きく舌打ちして調理台に飛び乗り、私に指さした。

「アナタほんっっと邪魔! 邪魔邪魔邪魔! カケル様の姉だからって、こんな特別扱い受けるの絶対許さないんだから!」

 その瞳には、私に向けて怒りの色が見える。あまりの理不尽な感情をいきなりぶつけられ、呆気にとられた。 

「さんっざん私達が協力してやっと国が落ち着いた所へ、のんきに来ないでよ! 一番大変な時を知らないくせに、今だけちょっとした役与えられて調子に乗って馬鹿みたい! オイシイとこ取りじゃない? 調子良すぎよ!」

 調理台の上で地団太を踏みながら、突然我が物顔で翔の隣に来たのが許せないと、癇癪するかのように叫んだ。

 でも、でも。

 怒りの波を全身で受け止めた私は、逆に静かにサーラを観察する。

「……ていうか、サーラ、ちょっと待ちなさい」

 理不尽な怒りをぶつけられ、それを気にしなかったといえば嘘になるが、その前に言いたいことがある。

「はあ? なんでアナタなんかに指図されなきゃいけないのよ! だいたいアナ――」

「い い か ら」

 私的に最も許せない事をしたサーラに、とうとう頭の中で何かがブツっと切れる音がした。

 指をさしたままのサーラだったけれど、声が一段低くなった私の雰囲気がおかしい事に気付いたらしく、ごくりと喉を鳴らす。

「な……に?」

「……サーラ。ちょっとそこから降りなさい」

 命令。

 私は全く意識していなかったけど――抗えない強さの言葉がサーラを縛る。

 体中が痺れたかのように動けなくなったサーラは、胸を押さえて膝をついた。呼吸もままならないのか、浅い呼吸を繰り返しながら、ギッと私をにらみつける。

「ちょ、っと、何し、たのよ……」

「いいからサッサと降りなさい! 調理台はね、土足で上がっていい場所じゃないのよ!」

 私は多分目が据わっていたと思う。

 びくりと体を震わせたサーラは、ヒュッと喉を鳴らし、無言でぎこちなく調理台を降りた。

「いい? 調理台は清潔じゃないといけないの。そんな場所にあなたの汚い足が乗ってもいいわけ? 大体この城って土足でしょ。土とかなんだかわからない汚れがついているんじゃないの?」

 床に崩れ落ち、それでも鋭い視線を向けてくるサーラは、さながら手負いの獣のようだった。

「その汚れが食材についちゃったりして、その汚れ付き料理がお皿に乗って、例えばあなたの大事なユーグさんが食べちゃっても……いいの?」

「よ……よくは……な……いわ」

 先ほどのいちゃつきぶりを思い出しながら、私は最も影響があるだろうユーグさんの名前を出すと、その効果は抜群で、サーラはうっすらと涙を浮かべた。

 そこがサーラにとっての弱点だと掴んだ私は、更に畳み掛ける。

「ってことは、そっかー、ユーグさんとかジェネシズさんとか翔とか? みんな土付きバイキン付きの食事を食べてもいいのね? それでお腹壊して国が立ち行かなくなってもいいのね? 料理ってのはね、体を作り健康に保つ為の大事で大切で大きな仕事なの。調理一つで毒にも薬にもなるんだから、清潔に保たなきゃいけない場所よ。サーラ? 汚い足で台に乗って人を指差せる失礼なあなたは、この神聖な場所を踏みにじる最低の人間よ。今すぐ調理台に謝りなさい!!」

 私は調理台に土足で上がると言う行為に相当頭に来ていて、許せなかった。私自身のことならいくらでも馬鹿にしていいけれど、人としてやってはいけないことだ。

 サーラは唇を噛み締めたけど、ぽろりと一粒涙をこぼし、ガックリと項垂れた。

「ぅ……ごめんなさ……い」

 蚊の鳴くような声で謝る声が聞こえ、言い終えると同時に涙腺が決壊したのか、しゃくりあげるように泣き出した。

 あー、ちょっと言い過ぎちゃったかな……

 あまりの泣きじゃくりぶりに、若干私の中の良心が傷んだ。

 でも、やけにあっさり謝ったよね? それまであんなに怒りあらわにしてこちらにぶつけてきたのに、私が少し叱ったくらいでこんなに怯えるなんて、ちょっと腑に落ちない。

 それでもこの後味の悪さに、まあまあとサーラを宥めにかかる。

「いいのよ、分かれば。ここは清潔第一にしなければならない大事な場所だから、これからは気をつけるようにね」

 そっとサーラにハンカチを渡し、身をかがめて肩に手を置いた。

「サーラ、そんなに子供みたいに泣かなくていいのよ」

「……ひっく、すみません……もう十四にもなって恥ずかしいです」

 え、ちょっと!!

 今度は私が固まった。

 十四て!!

 いやいやいや、どう見ても私と同じ二十三歳位なんですけど!

 焦りながら、そういえば地球世界でも欧米人より東洋人は若く見られる傾向であることを思い出した。うん、それならば多少気持ちに青い所があっても仕方がないかな。年齢を知り、急にサーラが可愛く思えてしまった。

 肩に置いていた手を伸ばし、ギュッと抱きしめた。そして背中をトントンとやさしく叩く。最初は体をこわばらせていたサーラだけど、トントンが気持ちいいのか段々と力を抜いて私に体を預けてきた。

 わあ……か、かわいい……!

「ごめん、私ちょっと言い過ぎちゃったね。サーラ、もう成人してるかと思ってたから」 

「成人……してますよ?」

「えっ? 十四歳で??」

「はい、月の物が来るようになったら成人と認められるんです」

 うわー! 早いな成人!

 まあ、歴史を見れば十二歳の嫁入りとかもあったらしいし、子作り可能イコール成人って事なのかな。

 ちなみに、男は十五歳で成人と決められていると、話の流れでサーラが言った。一人前に働けて、かつ家族を養える給料をもらえるには、その位の年齢にならないといけないという理由ね。

 ユーグさん、サーラに手を出して、それって犯罪では? という疑問も多少解決……なのかな? この世界で成人と認められた二人ならば、問題はないという世間の受け入れ方か。

 ユーグさんは二十六歳らしいので充分に歳の差があるけど、愛に年齢は関係ないのか。へええ。

 すっかりおとなしくなったサーラだけど、気分が落ち着くまで、色々話した。

 どうやら私のことを一方的に嫌っていたのは、単なる嫉妬だったみたい。

 この部屋で最初に怒鳴られた内容そのままだ。

 この国をどうにかする為に、翔とジェネシズさん、ユーグさん、サーラ、あと一人別の任務についている竜騎士が仲間となり、相当辛い試練を戦い抜いた。その中にぽっと出の私がやってきて、みんなに気を使われてるのがむかついたらしい。

 ……私、来たくて来たわけじゃないんですけど。そこは強く言っていきたい。


 



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