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* 番外編 一週間 13  



 「なっ……! 待て!」


 手島の制止の声を聞かず、私は勢いをつけて窓の外へ大きく躍り出た。二階の部屋から地面まではそれなりに距離がある。このまま落ちて着地したとて無事にはすまないだろう。けれど――。


 「ジェネ! 受け止めて!」


 私が叫ぶその先には、ジェネが居た。

 手島と窓の外を見たときはいなかったけれど、手島が視線を外したあたりでジェネとサヤカの彼氏がやってきたのだ。それを踏まえた上で、窓枠を越えた。

 必ずジェネは助けてくれると信じているので、くるりと受け止めやすいよう背を地面に向けて、重力に任せた。

 

 そして、それは叶えられる。


 ふわり、と抱かれて落下の速度が和らぎ、ややあって着地の衝撃が体に伝わった。実際には浮遊感がとても怖くて目をぎゅっと瞑っていたけれど、私の体を支える頑丈な腕や胸板が、そして唯一絶対と安心できる匂いが――ジェネだと分かって力を抜いた。


 「全く……ショーコにはいつも驚かされる」


 「あは、ごめんねジェネ」


 愛しい人の腕の中、ふにゃっと蕩けてしまう。

 ジェネの胸元に顔を摺り寄せながら、ああそうだと目線をあげる。そこには顔をこわばらせてこちらを凝視する手島が、窓枠から身を乗り出していた。

 突然窓から飛び降りたから驚いたんだろうけど、どうも手島が見ているのはジェネだ。顔を会わせるのは初めてのはずなのに、どうして顔色が青を通り越して白くなっているのだろう?

 ジェネをと見るけど、表情はこちらから見えない。ジェネ? と呼びかけると、「さあ、サヤカさんが待っているのだろう? 行くぞ」と幾分早めの歩調で建物の表に歩き出した。


 

 サヤカの彼氏がすこし遅れてロビーに着いた頃には、私も幾分冷静さを取り戻せていた。まず人目に着く前に降ろしてもらい、すでに待っているサヤカの冷やかしの視線から身を守れた。

 だけど、さっき私がやってしまった行動はとても誤魔化せない。なにせバッチリとサヤカの彼氏が見ていたからね!


 「――で、何があったの?」


 彼氏の様子から、ただ事ではない出来事があったようだと察したサヤカは、心配する声を滲ませながら私に聞いてくる。

 私は細かく言えばサヤカが切れるのを分かっていたので、所々端折りながら纏めた。


 「まずは書類関係を貰って、あとは……そうね、まだ諦めていなかったようだから、キッパリとお断りしたの。それだけよ」


 「諦めてない……今回の呼び出し、翔子が目当てだったのねボンは!」 


 「やっ、それ言っちゃ駄目――」


 「ショーコが目当て、だと?」


 「そうよ。あのお坊ちゃんは翔子にご執心なんだから!」


 剣呑な雰囲気のジェネに気付かず、サヤカは過去私がされてきた仕打ちを暴露する。あああ、それ、ジェネに言わないで欲しかった……!

 隣の席に座るジェネの滲み出す黒いオーラから目を逸らし、そういえばと疑問をぶつけた。


 「どうしてジェネたち、あの場所にいたの?」


 「ああ、それはね?」


 言葉を引き取ったのはサヤカの彼氏だ。


 「俺達温泉に浸かった後、湯冷ましに散歩に出たんだよ。たまたまこの場所だったってだけなんだけど……すげーな、ジェネシズさん! 翔子ちゃんの声が上からしたと思ったら、ジェネシズさんがジャンプして落ちてくる翔子ちゃんを空中でキャッチしたんだ。どんだけすげえんだよって、俺ビックリしたわ」


 「落ちてくるって……翔子、どうしたらそんな無謀な行動とれるのよ!」


 「やっ、だって……ジェネなら絶対受け止めてくれるから……」


 「ノロケは後で聞く! 落ちる意味が分からないって言っているの!」


 怖いよサヤカ!

 そのサヤカをまあまあと彼氏が宥めながら、「あ、そういえば手島ボンが風呂に来てた」と何かを思い出したようだ。


 「あいつ、テニスやってたって言ってたよな? あのあと汗を流す為か風呂に入ってきたんだ。手下どもとギャーギャー騒いで入るから、ジェネシズさんが一喝して……」


 大浴場まで私物化してるんだ手島って……。ホテルの評判落とす行為はほんとやめてほしい。従業員一同路頭に迷わす気か! でもジェネが窘めてくれて……それならば彼らは絶対に大人しくなるだろう。こちらの世界に来てからというもの、ジェネは腰の剣を佩いていなくても落ち着いていられると本人なりに気が緩んでいる。そのジェネがスイッチを入れた状態にするとどういう状態になるのか。お山の大将よろしく手下に担ぎ上げられている手島にとって、初めて恐怖する相手じゃないだろうか? もちろん手下にとっても。


 「ジェネシズさんってさ、本当にガタイがよくて……男の俺から見ても惚れ惚れするもんな! 無駄な筋肉一つもないし、顔は整っているし……なにより……なるべく温泉もトイレも隣になるには勇気が必要だってことかな。手島のやつさ、顔見て体見てもっと下見てまた顔見てって縦に三往復してから『熱い熱い、のぼせるから出るぞ!』って手下ども引き連れて出てったんだぜ? まだ五分と経っていないのに」


 随分空々しい言い訳したんだね……って、一体どこ見たんだろう?

 私がキョトンとしていると、何故かその言葉だけでピンと来たらしいサヤカはクククと口を手で押さえながら笑いを噛み殺していた。


 「あはっ、可笑しい! 手島ボンたら、男として全て負けているのを認められないのね」


 「そうだな。だから裏庭でも翔子ちゃんの相手がジェネシズさんと知って、色々思い出したんだろ」


 あいつの取り乱した姿、見せたかったなと彼氏が言えば、サヤカは今度こそ本当に吹きだした。私は一人理由が分からずただ一人取り残されてしまった。なんなのよ、もう!



 

 「あら、もう?」


 「はい、そろそろ帰ります。鳥沢さん有難うございました」


 コンシェルジュデスクに座る鳥沢さんに、声をかける。「また」と言えないのは私なりのけじめだ。だけど……。


 「手島さんに伝えて置いて下さい。私の言った意味が分かったら……今度はちゃんとお話しましょうねって」


 「翔子、甘いわ」


 「サヤカ……うん、これは単に私が後味悪いだけだもん。彼がこれから良くなるきっかけになってくれたら、それでいいわ」


 そしたら大好きなこのホテルに泊まりにくるね! とジェネにピッタリ寄り添いながら伝えた。その時はもちろんジェネと来たいな。


 「翔子ちゃん、もう私も遠慮しないであのお坊ちゃんを教育する事にするわ! 私達も結局見てみぬ振りをしてきたんだもの……キッカケが掴めて良かった。オーナーには耳が痛いでしょうけれども。それから――」


 そういって茶目っ気たっぷりの笑顔を向けた鳥沢さんは、更に「出来ればうちのチャペル使って欲しいんだけど」と私の耳元で囁いてから仕事に戻った。


 「ショーコ、チャペルとは……?」


 「うっ、な、なんでもないわ! じゃ、じゃあサヤカ、また連絡する!」


 「待って翔子! これ、家に帰ってから開けてね?」


 現物を見せろと言われないうちにとジェネの腕を引いて帰ろうとしたら、サヤカが紙袋に入った手提げをニッコリ満面の笑みで手渡してきた。男二人で温泉に行っている間に用意をしたらしい。

 だけど……笑顔のサヤカが渡すものだ。前のアレといい、嫌な予感が拭えない。「返品不可だからね」っと押し付けられ、結局受け取ってしまった。うぅ、開けるのが怖いよー!


 サヤカには言えないけれど、私の修行次第ではいつまたこっちに来れるか未定だ。次に会う約束が出来ないまま、別れる時間となった。

 ――ジェネの仕事の都合上どこの国とは言えないけれど、私もそこで働く事になった。だから連絡はいつ取れるか分からないけれど、必ずこちらから電話なりメールなりするね! と、再会した時のようにぎゅうっと抱き締めあった。


 「ジェネシズさん、翔子の事よろしくお願いします」


 「承知した」


 そう言ったジェネは、左手を腰の辺りで握りこむ。


 ……あ、これって。


 私がその手の位置を見ていたら、ジェネはどこか遠くの一点を眺め。そしてほんの少し意地が悪い顔をそちらに向けてから――――私のおとがいを持ち上げキスをした。


 「んっ……!」


 「おっ!」

 「わっ!」

 「まっ! 情熱的ね」


 触れ合うだけの口付けだとしても三人の目の前だし、エントランス付近でされるにはいささか目立ちすぎる! 


 「ちょっと! ジェネいきなり何するのよ!」


 手でジェネの胸を押して体を離し猛抗議をすると、ジェネは私の頭を軽く撫でながら先ほど見ていた方面を再び見た。

 私もサヤカ達も、なんだろうと同じ方向をみたら――。


 「ちょっと、あれボンじゃない?」


 「ははっ、止めを刺したといったところか」


 ホテルエントランスから屋内のロビー突き当りの角。顔色が裏庭で見た時には白かったのに、今度は更に土気色に変化した……手島がいた。

 え? ちょっとまさか見せ付ける為に?


 「二度とおかしな気を起こさぬよう、念押しだ」


 「ジェネシズさん、やるぅ!」


 片腕で私の腰を引き寄せて、見せつけるよう密着してから再び手島に向かってジェネは口だけを動かした。

 

 ――これは、俺のだ。


 それが読み取れたのは、すぐ傍に居た私と視線で捕縛された手島だけだろう。

 手島はそれを見るなり建物の奥に引っ込んで、私といえば赤くなる顔を隠すのに必死だった。





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