* 番外編 一週間 11
鳥沢さんは、手島ボンに連絡を取るのでその間ロビーで待っていて、と言い残しフロント奥に行った。私はとりあえずロビーにあるソファに座ろうとサヤカに言い、それから……ジェネにも声をかけた。
「ジェネ、ちょっとこっちの席に座ろう」
「分かった」
「え、ちょ……翔子! ええっ??」
ジェネを誘導し、テーブルを挟んで向かい合うソファ席にジェネと並んで座る。サヤカはあんぐりと口を開けたまま私達から目を逸らさずにソファへ腰掛けた。
「ねえ、翔子?」
「あー……うん。かれ……しの、ジェネシズよ。ジェネ、こちら渡邉サヤカ。私の大事な友達なの」
彼氏、の部分で突っかかりながらもジェネを紹介する。うぅぅ、照れくさいな。
ジェネは私の初めて出来た恋人であり、サヤカにこうやって次元を超えて紹介できる日が来るとは思わなかった。
「初めまして」とジェネはまたも微笑を上乗せして挨拶をすると、サヤカはハッと我に返ったのか私をギロッと睨みつけた。
「――翔子? 私聞いてないんだけど」
ひっ! 怖いよっ!!
私は再び、ジェネのこちらの世界での設定を語る。
『ヨーロッパ辺りの政府公認SPで、休暇を使って日本にやってきた。国家機密レベルなのでこれ以上は話せない』
間違いじゃないんだよ、ある意味ね。
ヨーロッパ辺りの雰囲気に似た異世界のレーンという国で、王様を守るための近衛騎士というある意味SPの様な職種。働きすぎて無理矢理取らされた休暇で日本にやってきた。
次元を超えて世界を翔けるなど国家機密も何もない。その点について実際体験してみない事には信じられない話なので黙っておく。日本語ペラペラに聞こえるのも次元を超えた副産物というか、再構成されるから、とは翔に聞いたけどそれだって素直に言えるわけがない。仕事上必要だからとしておく。昨日友人達に語った『職場であるリゾートホテルに滞在していてそこで知り合った』は、まさにここだから言えるはずもなく後でまた……とその部分も曖昧に誤魔化した。
こちらに戻った当初は、いつ迎えにくるのかが分からずいたからジェネの存在を話せなかった。後半なんてもっと悲観していたから余計に。ひょっとして自分はもうあちらの世界に行けないのではないのか、ひょっとしてもう要らない存在になったのじゃないか。ジェネともう二度と会えないのではないか……負の考えは留まる所を知らない。考えれば考えるほど深みに嵌り、心配するサヤカとの連絡を絶ってしまったほど。
今回の連絡がなければ、そのサヤカに報告することなくあちらに帰るところだった。危ない危ない。
ふうん……と半目で私をじっと見ながら聞くサヤカは怖い――違った。とても、怖い。見た目とても可愛らしくアイドル然としているからそうは見えないが、気を許した相手にはとことん辛辣な言葉を並べるのだ。折角想いが通い合ったサヤカの彼氏よがんばれと、こんな場面なのに心の中で応援してしまった。
「私に内緒にしてたんだ? せめて彼氏が出来たって一言欲しかったな」
「う……ごめんね? ちょっと事情があって……」
「ショーコを責めないでやって欲しい。私が原因で、ショーコを不安にさせたのだ」
ジェネが膝上においていた私の手をギュッと握って庇う。まってそれ逆効果だし!
案の定サヤカは「そう、そんなにラブラブなのに、私には黙ってたのね」と黒いオーラ出しながらその繋がれた手を凝視する。きゃーやめてー!
だけどサヤカはそれ以上攻勢に出ることなく、ふうっと息を吐いてソファの背に体を預けた。
「でも安心したわ。――結局私は翔子を庇えなかったし、仕事や場所を言い訳に傍にいてあげられなかった。電話の向こうで元気を無くしていく翔子を、口だけは心配するくせに今回も何も……出来なかったもの」
「サヤカ……」
「翔子の一番が出来たじゃない。一番大事な人。よかったわね、翔子」
「うん、ありがとう」
「だけどやっぱり一言欲しかったわ」と付け加えるのを忘れないサヤカは流石だ。そこへ手島と連絡が取れたらしい鳥沢さんがやってきた。
「翔子ちゃん、お昼過ぎに第二会議室で待つようにですって。全く自分都合もいいところね! 今何やってるか知ってる? テニスよテニス! そこのコート勝手に使って手下と遊んでいるのよ」
「やだー、あの人『ド』が付くほど下手糞なのに! ヨイショしてくれる手下がいるからいい気になってるのね全く! 仕事しろっての」
「ちょっと、サヤカ声大きいって」
相当腹に据えかねているのか二人ともヒートアップしてしまい、私が止めに入るまで他にも色々不満が噴出した。鳥沢さんなんて本来この様な事を言う性格でも立場でもない。よっぽど普段から目に余る光景なのだろう。
とにかく昼過ぎまでは時間があるらしいので、レストラン行く事にした。サヤカは夜勤上がりで明日は休みということもあり、一緒にランチを食べようと誘った。
すると「彼もいいかな?」といって、ここのレストランに卸している食材業者の彼を呼び出す。本当はこの後デートだったらしいけれど、折角翔子が来たからとサヤカの彼も一緒に四人でテーブルを囲む事になった。
開店すぐとあって、一面ガラス張りの窓際でしかも料理が取りやすい特等席に案内された。された、といっても働く人は皆知る相手で、特別にねと笑い、人差し指を口に当てる仕草をして仕事に戻った。
ここのみんなは本当に優しかった。今でもその空気に混じりたい気持ちが湧くほどに。
ランチはバイキングスタイルの和・洋・中、そして地元ならではの料理が揃っている。好きな物を好きなだけ食べられるけれど、残すのはマナー違反だとジェネに教えて共に並べられた料理を皿に移す。
海が近いだけあって、海鮮物がメイン。真鯛のカルパッチョやお刺身、鮑のバターソテーや地元野菜をふんだんに使ったシーザーサラダ……数え切れないほどの料理が並び、どれもこれも美味しそうで目移りがする。でも私が一番食べたかったのは金目鯛の煮付け。ほわほわの白身が甘く煮付けられていて、これがまた堪らなく美味しいのだ。
一度取り方を教えて、あとはジェネのペースに任せた……ら、どれも満遍なく空になっていくという恐ろしい光景が目に入る。うわっ、料理長さんごめんなさい。
その良く食べるジェネの姿をサヤカは「よく……食べるわね」と驚き、その彼氏は「いや、いっそ気持ちがいいよ」と妙な方向に感心した。
合間に、それはそれは根掘り葉掘りジェネとの間柄を聞かれたけれど、話していい部分とファンタジー過ぎて言えない部分がある。
『自宅に帰宅した所、翔が問題を起こしてその始末に向かった所ジェネがいて、共に行動するうちに好きになった』
――く、苦しい……けど、これも間違いではないよね?
言える範囲は狭いけれど、翔が、と言ったところで「あぁ……」と納得されたのはどうかと思う。サヤカは翔と会った事があるからかもしれないけれど。
美味しい料理とお腹いっぱい食べ、デザートに特産のニューサマーオレンジを使ったパウンドケーキにバニラアイスを添えて食べる。甘酸っぱくて爽やかな風味がとても美味しい。自分でもよくこのオレンジを使ってジャムを作ったものだ。
コーヒーを飲みながら、私が手島に会う間ジェネはどうしていようか相談する。流石にそこまで一緒に付いてきてもらうなんて出来ないからね。
すると、サヤカの彼氏が提案をしてくれた。
「だったらここの大浴場に行こうよ。露天風呂とか気持ちいいしね」
「じゃあ案内してあげて? 私、男風呂入りたくても入れないから」
「入りたいのかよ」
「勿論よ」
「だが断る!」
いつもの掛け合いが始まり、私はそれを微笑ましく見ることが出来た。ほんの少し前は、こういったノロケも落ち込む原因となったのに、ジェネが来た途端笑えるのだから現金なものだ。