* 番外編 一週間 7
「お兄さんっ! また絶対手合わせお願いね。それまでにもっともっと練習するから」
「ああ、期待している」
大興奮のままジェネと握手を交わすアキラちゃんは、頬を高潮させてとても愛らしい。大人の女性へと急激に成長しつつあるその容姿で、にこにこと笑顔を向けて……あ。私、ちょっと気付いちゃった。その赤面する顔の理由に。
……彼、頑張ってね。
ハードルが上がってしまった彼に対し、ちょっと遠い目をして生温かい笑みを浮かべる。
「そうなって当然だよね」との思いと「私のだからダメ!」との複雑な思いが綯い交ぜになりながらも、相当苦労をするだろう彼に深く同情した。
道場を後にした私たちは、街灯が等間隔で灯る夜道を並んでアパートまでの道のりをてくてく歩く。昼間は徐々に来る夏の気配が気温の上昇とともに感じられるけど、夜はまだまだひんやりと涼しい。
さっきのもやっとした気持ちを払拭しようと、私からジェネの腕に手を絡めた。普段人目に触れる場所で私から何かすることがないのを知っているジェネは、寄り添う私に反対の手でぽんぽんと頭を軽く叩いて「どうした?」と聞いてきた。
「ジェネ、かっこよかった。空手着がとても似合っていたし、それに……強いんだなって」
ぎゅうっと逞しい腕に絡めた手に力を込める。ジェネになら、この心に重く圧し掛かる空気を吐き出してもいいよ……ね?
「さっきおじさんがね、小さい頃の翔の話を教えてくれたの。それを聞いたら。……私は目の前の事でいっぱいになって、ちっとも周りが見えてなかったのよ。でも翔は、そうじゃなかった。うんと先の未来を見据えていたの」
だから異世界でも堂々と。そして王ともなりえた。
器が違うんだ。とてもとても大きな、みんな丸ごと抱えてくれる器。いや、でも多少小さな事にも目を向けて欲しいんだけどね。
うん、これは嫉妬とかじゃなくて純粋に「私の弟、すごいでしょ!」という身内自慢だ。小さな頃から二人で過ごしてきた。戸籍がなかった時分は、いいことよりも悪いことの方が多くて、でも決してお互い涙は見せずに励ましあってきた。そんな翔が今、大勢の人から頼りにされているというのは我が事のように嬉しいんだ。
「私も、負けてられないわ。周りにはうんと規格外が多すぎて勝負にならないかもしれないけど」
「こら、ショーコ」
立ち止まり、頭に手を置かれたままだったのをくしゃくしゃっと髪ごと撫で回し、その手を今度は私の頬に当てた。夜風に当たって冷えた頬は、大きな掌から伝わる熱にじんわりと温まる。
「お前も充分規格外だ。自覚しろ、精霊姫様?」
頭一つ分背が高いジェネを見上げ、ほんの少し笑いの含まれた声に気付いた私はふふっと笑った。
「私は自分の力で手に入れたんじゃないもの。それに、あちらに行ったら私の役割なんてただそこにいるだけ、になるのよね? 精霊姫って存在さえしていればいいんだもの。――でも私は働きたい。だから厨房で働かせてもらおうかと思っているわ。とても忙しい職場だけど、やりがいがあるの」
ジェネの添えられた手に自らも添えて、何か言いたげにしたジェネを遮ってさっき覚えた胸のざわめきを口にする。
「ジェネ、アキラちゃんの初恋の人になってるわよ、絶対」
いきなり話題が変わり、面食らった様子のジェネは「まさか」と口の動きだけで否定した。あれ? 気付いてないのか。
「ただの勘だけどね? うん、私も覚えがあるから分かるのよ。強い人に憧れて……」
「強い人? 誰だ?」
ジェネの剣呑な気配が含まれる質問に気付かず「え? アキラちゃんのお父さんよ。すっごく強くてかっこよかったんだから!」私の初恋だったかも? と、甘酸っぱい思い出に自分で照れていたら……。
「悪いが、手加減できぬかもしれん」
「え? 何が?」
「夜食の前に、ショーコを頂くとするか」
「えっ! ちょっと、まっ……っ!!」
そういってジェネは手を繋いだまま、私が小走りになるほどの歩みのスピードを上げてアパートへ向かった。